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19世紀中頃、パリ近郊のフォンテンブローの森に接するバルビゾン村を次々と訪れた画家たちは、それまで神話や聖書を題材にした歴史画の背景に過ぎなかった風景を、生活とともにある現実の光景としてありのままに描き、風景画に新しい生命を注ぎ込みました。
後年「バルビゾン派」と総称された彼らの風景画は、伝統的な自然観だけでなく、絵画技法にも変化を与え、同時代の周辺諸国の絵画や、次代の印象派の画家たちにも影響を及ぼしました。
日本には、バルビゾン派の画家と交流のあったイタリア人画家アントニオ・フォンタネージによって紹介されました。彼は、明治9年(1876)に創立された日本初の官立美術学校・工部美術学校の教師として来日し、ミレーの複製画などを教材として本格的な西洋画法の教育を行いました。浅井忠など日本近代洋画の基礎を築いた人々は、フォンタネージの指導を受け、間接的にバルビゾン派の影響からその活動を出発したともいえます。
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