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寄贈新着資料紹介
−菱田忠義氏貝類コレクション−
2008年3月25日(火)〜5月5日(月)
第1ホール(入場券売り場前の広間)階段側

 今年度、千葉県立木更津高等学校校長・千葉県立中央図書館館長・富津市史編さん委員会委員長・千葉県文化財保護審議会委員等を歴任された故 菱田忠義氏が収集した貝類コレクションを、御遺族の方から千葉県立中央博物館に御寄贈頂きました。菱田忠義氏は、1903(大正2年、富津市湊にお生まれになり、民俗資料・自然史資料などを広範囲に収集され、これまでにも各地の博物館の展示会等にこれらの資料を貸し出されていました。また、菱田家には、「湊十分所文書」等の近世の徴税役所文書として貴重なものもあります。2002(平成14)年、88才で、お亡くなりになり、これらの資料は個人の資料館に保管されています。
 貝類コレクションは、ほとんど富津市萩生の漁港近くの海岸で長年にわたって採集されたものと、1980年代に何度ものフィリピン旅行で入手されたものから構成されています。高度経済成長期以前の内房の貝類がわかる貴重な資料です。
 以下に、いくつか興味深いものを紹介してみたいと思います。
【内房産貝類】
・オキナエビスガイ(翁戎貝)
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 大形・重厚で、紅橙色をした巻貝で、比較的原始的な体の構造を持ち、「珍貝」としても有名な貝で、明治時代に、この貝の採集を命じられた方が苦労の末に得られて、その褒美に多額の謝礼をもらわれたことから、「長者貝」の名前もあります。現在の和名は、2cm位の小さなエビスガイがものすごく歳をとって翁になったと考えて名付けられています。水深100m位の岩礁に生息しています。房総半島が本種の著名な産地です。

・ナガカズラガイ[上]とカズラガイ[下](鬘貝/長鬘貝)
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 殻表面に縦の橙褐色の模様を持つことが特徴的な両種です。良く似た2種で、同じ種とされることもあります。しかし私は、カズラガイは丸みを帯び、大形になり、やや薄質、一方、ナガカズラガイは、細長く、中形で、やや厚質なので、別種だと考えています。カズラガイに比べて、ナガカズラガイの方が外洋にすむとされおり、台湾等の南の地域にはナガカズラガイしか分布していないようです。決して珍しい種ではありませんが、近年では激減しており、海岸で拾えることがほとんどなくなってしまいました。このコレクションには、状態は悪いものが多いものの、数十個体のカズラガイ類があり、内房ではカズラガイの方が大部分を占めていたこともわかりました。

・コガスリクダマキガイ(小絣管巻貝)
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 少し長い水管を持つ細長く、尖った巻貝です。殻の表面には比較的粗いスジがあり、その上に細かな茶色のマダラ模様があります。この貝は、これまで相模湾以南に分布するとされており、房総で採集された方もあるでしょうが、正式には千葉県初記録となる種です。

・ハイガイ(セイタカハイガイ型)(灰貝:背高灰貝がた)
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 昔、貝を焼いて灰(しっくいになります)にした時に利用したことから灰貝の名前が付きました。そのハイガイは、実は縄文時代の貝塚の貝を掘り出していたものと考えられています。数千年前の温暖な時代には、ハイガイは関東地方にも分布していましたが、その後、関東からは絶滅してしまいました。ハイガイにはいくつか形の変わったものがあり、富津市周辺の海岸に打ち上がる化石のものは、大形・厚質・殻高が高いといった特徴を持ち、ハイガイとは別種と考えられたこともありました。しかし、その後の研究では、種類はハイガイと同じという結論になっています。ただ、誰の目にも簡単に区別が付くので、一つの型として、私は区別しています。何故富津周辺にだけセイタカハイガイ型が多いのかはまだわかっていません。

・アコヤガイ[左]とベニコチョウガイ[右](阿古屋貝/紅小蝶貝)
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 真珠の母貝として有名なアコヤガイは、県内の内房/外房の岩礁域に広く分布しています。この種に良く似たベニコチョウガイは、アコヤガイと同種とされることもあります。一方、近年の図鑑でベニコチョウガイとされている種は以前にベニコチョウガイと呼ばれていた種とは別の熱帯地方に分布する種のようです。今回、標本を整理していると、多数のアコヤガイの中に、淡褐色で、薄質、後方に伸びるものがありました。これが本来ベニコチョウガイと呼ばれていた種だと考えられます。ベニコチョウガイは暖温帯域にのみ生息している種のようです。
【フィリピン産貝類】
・ナンヨウダカラ(南洋宝[貝])
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 丸く、表面にニスを塗ったような光沢を持つ独特の巻貝の仲間であるタカラガイ類は、その色艶からコレクターに大人気のグループです。その中でも、背面が淡紅橙色で、大形の本種は、比較的珍しいこともあって、必ず手に入れたい種の一つです。20年位前から、フィリピンで多く得られるようになり、最近沖縄にも分布していることがわかりました。数十mの海底にすんでいるようです。

・クマサカガイ(熊坂貝)
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 殻の縁に死んだ貝殻や小石を付けながら成長する変わった習性を持つ巻貝です。この“他の貝などを盗る”ことから、江戸時代の泥棒、熊坂長範に因んで名付けられました。200m位の砂泥底にすんでおり、フィリピンのものでは細長い巻貝等を付けることが多いのに対し、内房のものでは二枚貝片等を付けていて、付けるものが違っています。

・三美螺(ジュセイラ[寿星螺]/ショウジョウラ[猩猩螺]/バンザイラ[万歳螺])
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 小形のフジツガイ科に属する3種で、いずれも鮮やかな色彩をしています。その色彩は、それぞれの種ごとに決まっています。●●螺の「螺」は、巻貝を意味する字です。寿星は、星や星座の名で、祀って福寿を得るとのことのようです。猩猩は、伝説の朱紅色の毛を持つ動物で、チンパンジーとされることもあり、その毛の色から赤色の色彩を持つ動物は猩猩●●と名付けられているものも多い。バンザイラの和名出典は調べられませんでしたが、もしかしたら、何か縁起の良い名前ということから、万歳となったのかも知れません。

・ウミノサカエイモガイ(海の栄芋貝)
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 この仲間は、生きている時には殻の表面が褐色の皮で覆われており、全体の形と質感から、里芋をイメージしてイモガイと名付けられています。皮の下の模様は種によって多様であり、コレクターに人気の高い仲間です。その中でも、この種は、昔は極めて珍しく、世界に数個しかなかった時期もあり、様々な逸話を生み出しました。現在では、フィリピンでかなり多く採集されるようになりました。

・セイロンシンジュガイ(せいろん真珠貝)
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 小−中形の真珠貝類で、殻高が高く、殻表面のトゲが細かく、尖ることで区別されます。熱帯地方にすむ種です。いくつかの図鑑では、この種をベニコチョウガイとしています。千葉県にも分布するアコヤガイにも良く似ており、これらの種を全て同じ種だと考える研究者もいます。このように、まだまだ未解決の問題も多く、これからも研究していかなければならない貝もたくさんある訳です。菱田コレクションの標本も、今後の研究に使わせてもらいたいと思っています。
  菱田敏子様および御子息の方々にはコレクションを御寄贈頂きました。また、袖ヶ浦市立博物館および谷口優子・智彦両氏には、展示に際しご協力頂きました。これらの方々に御礼申し上げます。
(2008.3.25. 動物学研究科/黒住耐二)