第17章 干潟の再生



干潟再生に関する主な動向

 東京湾では埋め立てや護岸工事で干潟がなくなり、青潮の発生をはじめとする海洋生態系の破壊が深刻になりました。近年になり、漁業や渡り鳥の飛来地、水質浄化作用など生物多様性の保全に不可欠な干潟の役割と浄化機能が大いに見直されています。
また国連や世界各国も下記のような条約を批准し、環境保護政策を推進しています。

  1. 1971年 イランのラムサールで、「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約(ラムサール条約)」が締結され、日本は1980年に条約を批准しました。日本では、釧路湿原や谷津干潟、藤前干潟など全国13カ所が登録されています。
  2. 1974年 日米渡り鳥条約 (1974年批准)、日ソ渡り鳥条約(1974年批准)など2国間でシギ・チドリなど干潟・浅海域の渡り鳥を保護する条約を締結しています。
  3. 1992年 国連環境開発会議がブラジルのリオデジャネイロで開催され、生物多様性の保全・持続的利用を目的にした生物多様性条約が調印されました。日本は1992年に締結しています。
  4. 2001年9月 千葉県堂本知事が三番瀬の埋め立て中止を表明しました。
  5. 2003年1月 自然再生推進法が施行されました。
  6. 2004年1月 三番瀬再生計画が、堂本知事に提出されました。検討には、延べ6千人の有識者や住民が参加し、「千葉モデル」といわれています。


干潟の再生とは

 干潟再生とは、かつての自然干潟が経済成長による埋め立てで消失したり、人口集中に伴なう生活排水増加などによる環境悪化で失われた干潟の機能を回復することです。
 しかし一度干潟が失われると、多くの生物が生息する生態系全体を同じ状態に復元することは、大変難しくなります。干潟の再生については、環境収容力を的確に把握する持続性の哲学は大切ですが、健全な自然を維持するという思想が実現できるための条件の整備が必要です1)。

海外(サンフランシスコ湾)の湾保全事例

 サンフランシスコ湾は水質汚染が深刻化し、1960年代に埋め立て計画に対して市民運動が起こりました。
 1964年カリフォルニア州法としてマクアティア・ペトリス法(McATEER-PETRIS ACT)が制定され、サンフランシスコ湾保全開発委員会(BCDC)が設立されました。
 サンフランシスコ湾計画は、この湾と海岸線をかけがえのない自然資源として保全するものです。長期(数十年)の保全計画や、住民参加、ビジターセンターなど注目すべき点が多くあります。三番瀬にも東京湾全体を調査し、保全するためにBCDCのような組織が望まれます。

日本の干潟再生

(1)稲毛海岸の浜(千葉市)

 花見川河口の検見川の浜と並んで整備された人工海浜で、砂浜は砂利を多く含み、生息生物も少ないです。生態系を復元したというより、水辺にコンパクトな海浜公園を作った程度です。

(2)人工干潟について

 埋め立てなど開発の代償措置として、ミチゲーション(mitigation )と呼ばれる開発による環境への影響を軽減するための保全行為がなされます。代償といっても、直立護岸に比較すると、干潟に見えなくもありませんが、生態系を復元し、維持管理し続けることは、容易ではありません。

1998年に設置された人工干潟実態調査委員会は、藤前干潟を埋め立てるための代償措置として、人工干潟を造成する計画を打ち出したとき、既存の人工干潟3か所(広島・五日市人工干潟、葛西海浜公園・東なぎさ、大阪南港人工干潟)を調査しました。
人工干潟は、(1)面積 (2)地形、底質が不安定 (3)生物の多様性が低く、底生生物の種数・現存量とも不安定 (4)シギ・チドリ類の食物となる底生生物が少い (5)有機物・COD除去の水質浄化能力が低い (6)後背湿地やアシ原、前面の浅場や藻場とのつながりがない (7)造成と維持に莫大な経費がかかる (8)造成用の砂泥の採集が二次的破壊をもたらす。これらを考慮すれば自然干潟におよばないのは明らかです。

参照:人工干潟調査報告書
http://www.shimin.gr.jp/library/fujimae2/

三番瀬干潟再生計画

(1)三番瀬再生の目標

五つの「再生の目標」が決まりました。
  1. 海と陸との連続性の回復
  2. 生物種や環境の多様性の回復
  3. 環境の持続性・回復力の確保
  4. 漁場の生産力の回復
  5. 人と自然のふれあいの確保

(2)干潟再生計画案の検討

 三番瀬再生計画案では、海と陸との連続性の回復との認識が強調されており、高く評価できます。しかし、検討会議の最大の対立点といわれた

  1.  現在の海域には手をつけず再生するのか、環境修復のため岸辺に手を入れるか。
  2.  猫実川河口を今の状況を変えないか、手を入れるかどうか。

という2点(中間とりまとめ2002年12月)について、具体的な部分(市川市塩浜3丁目の護岸イメージ)では10.9mの張り出しとなっています。わずかに残された泥干潟を、埋めることについては疑問です。
 また、県広報誌では、検討に延べ6千人が参加し、「千葉モデル」といわれている、としていますが、「住民参加といっても、傍聴者は会議の最後に2〜3人が発言を許され、聞き置かれるだけ。」(永尾俊彦)との批判も有ります。
 さらに、現代まで進められた開発指向の埋め立てを支えた仕組みとして、公有水面埋立法と行政主導、浚渫埋立工法の制度や技術が機能したといえます(辻淳夫)。今後開発されてしまった干潟の再生を実現させるためには、自然再生推進法の定着・強化や、再生科学や技術の向上、長期的にどのような自然を目指すかの戦略の確立が必要です。
再生計画案で示された5つの再生目標を真に実現するためには、国や県、市町村、企業、漁民、住民、県民など全ての人々が、自然環境の保全や再生を基本にした認識の徹底が必要だと思います。

(桝井完治)

引用文献
    沼田真(1994) 自然保護という思想 岩波新書 pp.98-109
    三番瀬再生計画検討会議事務局(2004) 三番瀬再生計画案 pp. 109
    市川市(2003) 三番瀬の再生に向けて pp.266
    永尾俊彦(2004) 生活と自治(生活クラブ生協) 2004年3月号 pp.35
    辻淳夫(2003) 自然再生事業 築地書館 pp.280-284


みんなで考えよう。
  • 干潟や浅場、藻場などは、なぜ大切なのでしょうか?
  • 干潟再生の再用は誰が負担するべきだと思いますか?
  • 干潟保全のために、三番瀬をラムサール条約に登録することは必要ですか?
千葉県三番瀬サテライトオフィス
(JR・京成船橋駅に隣接フェイス7階047-424-8425)
三番瀬に関する資料や情報が提供されています。行ってみましょう。