教室博日記 No.2088

 2022/03/25(金)

 鳥瞰図作家・地形研究者が描いた房総の山

 房総半島南部の山地・丘陵は、標高200~300m程度の低山からなるが、ピークとなる山のかたちにはそれぞれ個性がある(写真1)。

  • 写真1 九十九谷展望公園から見た房総丘陵の山々

 そのひとつが、南房総市富山町の標高約350mの富山(とみさん)である(図1)。富山は「南総里見八犬伝」の舞台となった山で、どこから遠望してもすぐにわかる2つのピークが特徴的である(写真2、3)。

  • 図1 富山周辺の地形(国土地理院 地理院地図を基に作成)
  • 写真2 鋸山から見た富山(中央の2つのピークがある山)
  • 写真3 大日山から見た富山

 図2はこの富山と周辺の景観を描いた鳥瞰図で、岩井駅の西側上空から岩井の低地や富山の西側の流域を俯瞰した構図になっている。この図は、鳥瞰図作家・地形研究者である故・五百沢(いおざわ)智也氏(千葉県一宮町)のフィールドノートに書かれたもので、現地を訪れた時に描いたものと思われる。

  • 図2 五百沢智也画「富山鳥瞰図」

 一見ラフな図にも見えるが、山の尾根筋や谷線、雨が降った時に水が流れる方向を示す地性線などがひかれており、野外で手早く描いたものとは思えない。現地で観察した街並みやランドマークになる建物・事象なども書き込まれ、立体的な地図として、見ていて楽しくなる景観図である。

 一方図3は、富山から東に数キロメートルの位置にある伊予ヶ岳(南房総市 標高337m)を南側から描いたスケッチ画で、これも五百沢氏の作品である。

  • 図3 五百沢智也画「蛇喰(ざばみ)からの伊予ヶ岳 337m」

 伊予ヶ岳は房総の山としては数少ない岩峰で、千葉県内では唯一「岳」のつく山名となっている。山頂付近は、鎖やロープが取り付けられ、急坂となっている。

 スケッチ画には、その頂上の岩峰の一部が、崖面に沿った弱線で割れて開き、ずり落ち始めている様子が描かれている。ほぼ同じ方向から撮影した写真でも、山頂の岩がずり落ちているのがわかる(写真4)。

  • 写真4 同じ方向から撮影した伊予ヶ岳

 伊予ヶ岳が位置する鴨川から保田にかけての一帯、嶺岡山地とその西側の領域は、房総で地すべりや崩壊が多発する場所として知られている。このスケッチには描かれていないが(この視点では見えない)、伊予ヶ岳の北東斜面は地すべりによる緩やかな地形となっている(図4、写真5)。北東側から伊予ヶ岳を描いたら、全く違った山になるだろう。

  • 図4 伊予ヶ岳周辺の地すべり地形分布図
  • 伊予ヶ岳の東斜面は、上部は地すべり、末端部は泥流状の地形となっている
  • 写真5 伊予ヶ岳北東斜面の地すべり地形

 なお五百沢智也氏の主な作品は、1970~1980年代に山岳雑誌に連載された日本アルプスやヒマラヤの山岳鳥瞰図であるが、1990年代から千葉県一宮町に居住されていたこともあり、房総各地の山や海岸、里山の風景なども数多く描いている。

 このような身近な地域の自然を描いた鳥瞰図やスケッチ画を、より多くの人たちに見ていただきたいと考え、令和4年4月29日(祝)から6月19日(日)まで、中央博物館の第二企画展示室で、トピックス展「五百沢智也氏が描いた房総の風景」を開催する。描かれている土地の成り立ちも含めて解説していきたいと考えている。

(八木令子)