フィールドノート No.2406

 2025/10/30(木)

 謎の船橋花輪城

 船橋市にある花輪城とされる場所を訪れた。ここは船橋市立宮本中学校の南に隣接し茂侶神社境内にあたる。周囲は見渡す限りの住宅地で、この場所だけ木々が生い茂り緑が残る。実態が不明なためか千葉県の遺跡地図には掲載されていない。『船橋市史』によると、昭和9年刊の『武蔵野』という雑誌に「花輪城址探査報告」が掲載されており、境内東側に一辺30間程の方形の曲輪があってその南に土塁、東側には2m低い曲輪が認められ、この方形の曲輪が第1の曲輪で、北へ第2、3、4の曲輪と設けられてるのを観察できたという。現地を見ると、複数の段や緩やかな傾斜の平場が確認できるものの、土塁や明確な堀は認識できなかった。平場もいつ造成されたものなのかは定かではない。なお茂侶神社については、『船橋町誌』によれば、「延喜式神名帳」(927)に記載がある茂侶神社と同一かは不明とされる。しかし、天保年間の『江戸名所図会』には掲載されており、少なくとも江戸時代には篤く信仰されていたようだ。今もその名残を留める神聖な雰囲気のパワースポットである。

    写真1 緩傾斜の広い平場、奥には茂侶神社の社殿。
    写真2 茂侶神社鳥居の社名額。
    写真3 境内には文政年間以降の古碑が並ぶ。

(黒田篤史)