
ほかのところにも「風土記の丘」という博物館がありますが,房総風土記の丘とはどういう関係ですか。
「風土記の丘」は,郷土の伝統ある歴史や風土を代表する古墳や城跡などの遺跡が数多くある地域を,広い範囲にわたって環境整備しながら保存し,あわせて資料館などを設置して,これらを有効に活用することを目的として設立されました。現在全国に風土記の丘は16館あり,宮崎県西都市の特別史跡西都原古墳群が風土記の丘の1番目です。房総風土記の丘は8番目に設置されました。したがって各地の風土記の丘と房総風土記の丘とはいわば兄弟関係にあたる博物館といえます。
「友の会」があるそうですが,その活動内容や入会方法等について教えてください。
現在約300名の方が入会されて,講演会・文化財旅行・ふるさと祭り・写生コンクール・サークル活動など,様々な活動を展開しています。会員の特典として,会報『印波』が無料配布され,催事の案内が受けられ,文化財旅行・ふるさと祭り等のすべての行事に優待されます。年会費は普通会員2,000円,賛助会員5,000円です。入会手続きは,事務局(資料館受付)で入会申込書に記入・フ上,会費を納めていただければ即日入会できます。
古墳はなぜつくられなくなるのですか。
中国大陸や朝鮮半島の人々から法律で人々を治める方法を学び,それを使うようになって,大きな古墳をつくって権力を示すことはなくなってきました。このことは聖徳太子の十七条憲法や冠位十二階のような,政治の仕組みを法律できちんと決めようとしたことによくあらわれています。また仏教が伝わったことで,だんだんと信仰の対象としての寺院の建立もはじまり,古墳が寺院にとってかわるようになってきました。しかしあれだけ仏教の興隆に熱心だった聖徳太子も,まだ古墳が多くつくられていた時代の最後の人で,古墳に葬られた人でした。ちなみに大阪府南河内郡太子町にある礒長墓が聖徳太子のお墓です。
竜角寺古墳群について調べてみたいので,参考文献としてどんなものがあるのか教えてください。
竜角寺古墳群を中心とした文献リストについては,文献一覧.xlsというファイル形式で文献リストを提供しています。そちらのファイルを開いて,参考にしてみてください。
風土記の丘にはたくさんの古墳が保存されていますが,発掘などの調査をしているのですか。
風土記の丘では,古墳文化の解明と博物館資料としての整備・活用を推進するために,昭和57年度(1982)から昭和61年度(1986)にかけて,第65号古墳・第24号古墳・第101号古墳という3基の古墳の発掘調査を実施しています。調査成果をもとに墳丘・周溝を復元し,とくに第101号古墳については,墳丘に樹立していた埴輪群の様子もあわせて復元しています。
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房総風土記の丘 | 千葉の県立博物館 |