町人


 江戸時代には一般に「士農工商」と呼ばれる身分が定められていました。この中で圧倒的に多かったのは全人口の8割以上を占める農民でした。商人や職人は「町人」と呼ばれ、人口の1割程度しかいませんでした。ただし、農民の中でも商業を営む者もあり、年貢を納めながら副業の商業で財をなすものもいました。
 町人の中でも町の政治に発言権をもつ者は、家(店)と土地を持つ「家持」町人と呼ばれる階層です。家持町人は、一定の税金と役の負担と引き換えに、町の運営についての発言権を持っていました。しかし、家賃は払っても町の税金の支払義務のない長屋住まいの八っあん・熊さんには町制に関わる権利はありませんでした。