食べる(日本では)

●イワタケ(岩茸)

山奥の絶壁に生える珍味として知られていました.関西では熊野,西日本では愛媛県の面河,東日本では奥秩父が有名な産地でした.和え物や天ぷらなどにします.

イワタケが日本では古来より食べられていることを,佐藤正巳が1968年にヨーロッパの学術雑誌Nova Hedwigia(ノヴァ ヘドヴィギア)に紹介したことから,世界の地衣類研究者のよく知るところとなりました.その論文には,江戸時代に出版された「日本山海名産図会(にほんさんかいめいさんずえ) 」に描かれた,熊野地方における岩茸採りの図が示されていました.(文献1)

●バンダイキノリ

ブナなどの幹や枝に生えます.豪雪地帯では,雪の重みにより木の肌から剥がれ落ちるため,雪解け前に山に入れば拾い集めることができるそうです.新潟から山形にかけてパンジャムなどと呼ばれ,食べられています.

●エイランタイ(岳海苔)

出羽三山の山伏の間では岳海苔(だけのり)と呼ばれ,精進料理として食べられていました(文献2).高山の地上に生えます.

(文献1)Sato M. 1968./ An edible lichen of Japan, Gyrophora esculenta Miyoshi./ Nova Hedwigia 16: 505–509, Tab. 183–187.

(文献2)島立理子・原正利・原田浩. 2015./ 出羽三山では岳海苔(エイランタイ)を食べる./ Lichenology 13: 9–11.

イワタケ含侵標本
バンダイキノリ
エイランタイ

イワタケ(展示用含侵標本)

バンダイキノリ(展示用含侵標本)
エイランタイ

飲む,食べる(中国雲南省の例)

中国の雲南省の山岳地帯には様々な少数民族が自然の恵みを受けて暮らしています.日本でも様々な山菜が利用されるように,彼らは様々な地衣類を利用しているのです.

雪茶と紅雪茶

雪茶は,「雪のように白いお茶」という意味です.中国茶と同じように,熱湯で煎じて飲みます.日本では高山に分布し,ムシゴケと呼ばれます.

紅雪茶も,雪茶と同じようにお茶として利用されます.朱色あるいは橙色をしていますが,熱湯を注ぐと,湯が濃い紫紅色に変わります.(文献1)

様々な食用地衣

様々な地衣類が食材として利用されています.特にカブトゴケ(老龍皮)とカラタチゴケ(樹花)は,省都の昆明市内でも省南部地方の郷土料理店のメニューにもなるほど一般的です.そのほかにもバンダイキノリ(樹髪)などが利用されているようです.(文献2,3,ほか)

雪茶と紅雪茶
紅雪茶生態

昆明の茶販売店で売られていた

雪茶(①)と紅雪茶(②)

老君山の標高約4000mの

岩上に生えていた紅雪茶

カラタチゴケ冷菜
大理にて
カラタチゴケの冷菜

大理の食堂前に並べられた食材の中に

カブトゴケ(①)とカラタチゴケ(②)が

(文献1)原田浩. 2004./ 雲南地衣類調査行2003(その2)./ 日本地衣学会ニュースレター(33): 113–116.

(文献2)Wang L.-S., Narui T., Harada H., Culberson C.F. & Culberson W.L. 2001./ Ethnic uses of lichens in Yunnan, China./ Bryologist 104: 345–349.

(文献3)原田浩. 2008./ 雲南地衣類調査行2007(その4)./ 日本地衣学会ニュースレター(91): 331–334.

 

リトマスと地衣染め

リトマスゴケから作られる染料のリトマスを濾紙にしみこませたものがリトマス試験紙です.リトマスゴケは地中海沿岸の岩場にたくさん生えていたのですが,今ではアフリカ西岸やアゾレス諸島のものが,リトマスの原料として利用されているようです.

リトマスゴケ

地中海沿岸では,岩場に生えるリトマスゴケを細かくして瓶に入れ,おしっこに浸し,何カ月も「発酵」させて色素を作り,羊毛を紫色に染めていました.紫色に染める染料は珍しかったので,とても高価だったようです.この技術を独占したイタリアの一家は大金持ちになったということです.一方,この地方のリトマスゴケはほとんど絶滅してしまったと言われています.

石油からアニリン色素が作られるようになってからは,リトマスを染め物に使うことは少なくなりました.(文献)

リトマスゴケ

 

(文献)Hale M.E. Jr. 1983./ The biology of lichens, 3rd ed., pp. 138–140./ Edward Arnold, London.

 

香水の原料

ツノマタゴケは,日本では北海道の一部でしか見られない珍しい種類で利用されませんが,ヨーロッパではオークモス(樫の木のコケ)と呼ばれる普通種で,香水の原料にされています.主にフランス南部,モロッコ,旧ユーゴスラビアで採られ,1980年だけでも年間に8000から9000トンも採集されたのだそうです(文献).

(文献)Purvis W. 2000./ Lichens, pp. 94–95./ Smithsonian Inst. Press & Nat. Hist. Mus., London.

ツノマタゴケ

ツノマタゴケ.腹面(裏側)(左)と背面(表側)(右)

狼除け

レタリア ウルピナ(Letharia vulpina)は北半球の寒冷地に分布する,鮮やかな黄色い樹状地衣です.ヨーロッパでは狼除けに使われるため,Wolf lichen(オオカミゴケ)の名で知られています.死んだ羊などの体内にこの地衣とガラスの粉末の混合物を詰めて,凍結期に狼の生息地に放置する.腹をすかせた狼が食べると,この地衣が含む有毒成分により死ぬという寸法です.

(文献)Smith A.L. 1921./ Lichens, p. 410./ Cambridge University Press.

Letharia
種小名の「vulpina」ウルピナはオオカミではなく,キツネに由来します.この地衣を最初に記載したリンネが,スウェーデンでキツネの駆除に使われていたことに因んで名付けたためです.

レタリア ウルピナ

 

装飾用に

ミヤマハナゴケは日本では高山にしか生えない珍しい種類ですが,ヨーロッパや北アメリカの寒い地方にはたくさん生えているようです.フィンランドなどでは計画的に採取し,世界各地に輸出しています.近年,日本ではフィンランドモスあるいはアイスランドモスと呼ばれ,フラワーアレンジメントの素材として利用されています.薄黄色の乾燥した状態(とてももろい)で販売されることもありますが,グリセリンをしみこませ柔らかくし更に染料で様々な色に染められて売られることも多いようです.以前は,ライケン(地衣類の英語名)と呼ばれ,鉄道のミニチュア模型の樹木に仕立てられていました.

ミヤマハナゴケ
ミヤマハナゴケ

ミヤマハナゴケ

フラワーアレンジメント素材としてのミヤマハナゴケ

①そのままの状態,②薄緑色の着色,③白く脱色,④深緑色の着色

⑤ミヤマハナゴケ素材を使ったリース.(企画展「驚異の地衣類」から)

苔松(こけまつ)

正月に縁起物として松を飾りますが,松に苔がついていると更に縁起が良いとされ,苔松と呼ばれ高値で取引されるといいます.松につく苔とは,ウメノキゴケの仲間.地衣類は成長が遅いため,松の若木よりも古木によくつきます.このことから長寿の象徴ととらえられたようです.(文献1)

苔松

苔松

(企画展「驚異の地衣類」から)

(文献1)大石英子./ 2003. 苔松と松市./ Lichenology 2(1): 35–36.

 

日本画の中の地衣類

国宝「紅白梅図屏風」(尾形光琳)の梅の老木の幹には,白っぽいあるいは緑っぽい丸いコケが描かれています.また多くの日本画の中の松の古木にも,同じようなコケが描かれています.このコケは,ウメノキゴケなどの地衣類をモデルにしていると考えられます(文献1).絵画の中でこのように地衣類が描かれることは世界的には珍しく,日本独特のものと言って良いでしょう.

建築の彫刻でも,例えば日光東照宮の三猿の周りに,ウメノキゴケが文様化されたと見られるものが描かれています(文献2).

(文献1)安斉唯夫. 2006./ 日本画家下村観山の描いた地衣類./ 日本地衣学会ニュースレター(62): 219–222.

(文献2)安斉唯夫. 2006./ 日光東照宮の地衣文様./ 日本地衣学会ニュースレター(54): 189–160.