小糸川源流に近い沢沿いの急斜面を登っていたときのこと。斜面に生えたアオキの幹が部分的に禿げているのに気づいた(写真1)。どうやらシカの食痕のようだ。このアオキの幹は太さ5センチ程度。かなり新鮮な食痕のようで、シカの歯形がくっきりと残っている(写真2)。
この写真からシカがどんな風にアオキをかじったのかがわかる。シカの前歯は下あごにしかなく、上あごには前歯がない。この食痕の主であるシカは、このアオキの手前側に立ち、ほぼ真横に伸びたアオキの幹の手前下側に下あごの2本の前歯をあてがい、上へ向けてこそげ取るように樹皮をかじり取っている。歯形の部分に露出している褐色の部分はアオキの「木部(もくぶ)」で、その外側が「樹皮」だ。木部のほとんどは死んだ細胞で、シカにとっての栄養は少ない。シカが木部の外側の樹皮だけをはぎ取って食べているのがよくわかる。
寒冷な北日本や多雪地では冬季の餌となる葉が少ないので、シカが木の皮(樹皮)をかじりとって食べる「樹皮喰い」がよく見られる。しかし、温暖な房総半島では冬の間も餌となる常緑植物があるので樹皮喰いはあまり見られない。この日みつけた食痕は、この地域でも冬の餌が不足するほどシカの生息密度が高くなったことを意味するのだろうか。それとも、アオキの樹皮はシカが好んで食べるほど「よい餌」なのだろうか。
(尾崎煙雄) |