教室博日記 No.1796

 2020/04/19(日)

 房総丘陵の「しぼり水」

 山道などで地層がむき出しになっている崖(露頭という)のそばを歩いていると、崖の途中から水が湧き出していることがよくある(写真1)。前日に大雨が降ったわけでなく、天気のいい日が続いているときでも、そこだけこんこんと水が湧いている。何かに利用するのか、水受け?が置かれているところもある(写真2)。

  • 写真1 いつも水が湧いている露頭(君津市東粟倉)
  • 写真2 水受けが置いてある

 君津市の清和公民館の下の集落では、このような湧水を誘導して貯めている(写真3)。近くの方の話では、以前からこの水を生活用水(飲み水ではない)や農業用水として利用しているという。そばにホースも置かれていることから(写真4)、消火栓の役目も担っているのであろう。

  • 写真3 あちこちから湧き出している水を誘導して集めている
  • 写真4 そばには消火栓

 このような水は、地下にしみ込んだ雨水が、水を通しにくい地層(粘土層など)に阻まれて上部の地層中に滞水し、切り通しになっているところから、少しずつしみ出している場合が多いが、ここではどうなのだろうか。公民館周辺は、少しずつ高さの違う平坦な地形「河岸段丘」が小糸川沿いに分布している(写真5)。河岸段丘は昔の川の流れが作った地形なので、地表は河原にあるような円礫が含まれる地層からなる(写真6)。このような段丘堆積物はすきまが大きいので水を通しやすい。しかしその下は細粒の地層(上総層群粟倉層)なので、その境界から水が湧いているのかと思っていたが、どうもそうではないらしい。むしろ基盤の粟倉層中に透水性の異なる層(上部はやや透水性のある細砂、その下はシルト~粘土の不透水層)があり、その境から水がしみ出しているようだ(写真7)。帯水層となっている粟倉層最上部はいつも濡れていて、草が繁茂している。

  • 写真5 建物があるところは河岸段丘の平坦面
  • 写真6 このあたりでは比較的高位の河岸段丘の段丘堆積物
  • 写真7 赤い線より上は帯水層(細砂)、下はシルト~泥(不透水層)

 ところで山の斜面から湧き出すこのような水を、「しぼり水」と呼ぶことがある。千葉(関東?)ではよく聞く言葉であるが、東北の方ではほとんど聞いたことがないと言う人もいるから、あまり一般的ではないのかもしれない。千葉でも、本来は北総の台地を刻む谷(谷津)(写真8)の斜面から湧く水のことを指すのではないかと思う。下総台地では、表層の関東ローム層中や、その下の粘土層との境界部あたりから水が湧いており(写真9)、これらは近くの集落や谷津田を常に潤している。そのため日照りが続いても、谷津田は山(台地)からのしぼり水で何とか凌ぐことができた。

  • 写真8 北総の谷津田(八街市岡田)
  • 写真9 谷津の谷壁斜面の湧水(八街市岡田)

 房総丘陵ではどこでも同じように水が湧くということはないが、地層の重なり具合や傾きなどによって、水が集まってくる場所がある。こういう水はほとんどの場合「恵みの水」である。しかし近年多くなってきた集中豪雨などによって一時的に大量の水が地面にしみ込むと、一気に水が噴き出して崖が崩れることもある。それは下総台地のようなところでも同じである。「いつもと違う」場合には気を付けた方がいい。

(八木令子)