キッズコーナータイトル

ここから本文です

化石(かせき)や土器(どき)・石器(せっき)

利根川周辺(とねがわしゅうへん)で発(はっ)くつされた化石(かせき)や土器(どき)・石器(せっき)が大利根分館(おおとねぶんかん)のたからものとしておさめられているんだ。

化石や土器・石器の写真
ナウマンゾウ
ナウマンゾウ

千葉県成田市猿山(ちばけんなりたしさるやま)で発(はっ)くつされたナウマンゾウの頭(あたま)の骨(ほね)の模造(もぞう)(そっくりにつくったもの)化石(かせき)です。

新生代第四紀更新生中期(しんせいだいだいよんきこうしんせいちゅうき)(80万年前(まんねんまえ)から15万年前(まんねんまえ))のもの。この時代(じだい)は氷河時代(ひょうがじだい)の特(とく)ちょうのひとつである海進(かいしん)と海退(かいたん)(海面(かいめん)が大(おお)きく上(あ)がったり、下(さ)がったりすること)がくりかえされ、にナウマンゾウやニッポンムカシジカなどが住(す)みつきました。

つりばり
つりばり

縄文時代(じょうもんじだい)に使(つか)われたつりばりです。

縄文時代(じょうもんじだい)の人(ひと)びとは、石(いし)や動物(どうぶつ)の骨(ほね)でつりばりを作(つく)っていたようです。

つりばり以外(いがい)にも、「やす」や「もり」も見(み)つかっています。植物(しょくぶつ)の繊維(せんい)で編(あ)んだ簡単(かんたん)な網(あみ)をつかった網漁(あみりょう)、おどし漁法(ぎょほう)などによって、いろいろな魚(さかな)をとったものと考(かんが)えられます。

穂(ほ)つみ具(ぐ)
ほつみぐ

ひもに手(て)を通(とお)して稲(いね)の穂首(ほくび)(実(み)のなる部分(ぶぶん))だけをつみとる道具(どうぐ)です。

今(いま)から約(やく)2300〜1700年前(ねんまえ)の弥生時代(やよいじだい)に使(つか)われました。

弥生時代(やよいじだい)の人(ひと)びとは、米作(こめづく)りを中心(ちゅうしん)に、狩猟(しゅりょう)や採取(さいしゅ)(シカなどの動物(どうぶつ)を狩(か)ったり、木(き)の実(み)をとったりすること)をして、生活(せいかつ)をしていました。

米作(こめづく)りは、中国大陸(ちゅうごくたいりく)から伝(つた)わり、北九州地方(きたきゅうしゅうちほう)に。その後(ご)は、本州(ほんしゅう)でいちばん北(きた)の青森(あおもり)まで、短期間(たんきかん)で伝(つた)わったことがわかっています。

炭化米(たんかまい)
たんかまい

香取市阿玉台北遺跡(かとりしあたまだいきたいせき)でみつかった、大(おお)むかしのお米(こめ)です。

米(こめ)づくりは、約(やく)2000年前(ねんまえ)からおこなわれていたことが小見川町(おみがわまち)の遺跡(いせき)の炭化米(たんかまい)から知ることができます。

品種改良(ひんしゅかいりょう)が重(かさ)ねられ、今(いま)では、コシヒカリ・ササニシキなどが栽培(さいばい)されています。展示(てんじ)では、古代米(こだいまい)といわれる赤米(あかまい)やコシヒカリとつぶの大(おお)きさや形(かたち)を虫(むし)めがねを使(つか)って見比(みくら)べることができます。

◆名前(なまえ)と説明(せつめい)

  • 貝(かい)がらの化石(かせき) 千葉県成田市猿山(ちばけんなりたしさるやま)の貝(かい)がらの化石(かせき)を再現(さいげん)したものです。今(いま)から80〜15万年位前(まんねんくらいまえ))にさかえていた貝類(かいるい)の化石(かせき)や海底(かいてい)にいた、いきもののあとを見(み)ることができます。
  • 化石(かせき)(二枚貝(にまいがい)のなかま) 鋸南町奥本名(きょなんまちおくもとな)で発(はっ)くつ
  • 化石(かせき)(クモヒトデのなかま) 君津市市宿(きみつしいちじゅく)で発(はっ)くつ
  • じょうもんどきはさわることができるよ
  • 縄文土器(じょうもんどき) 今(いま)から約(やく)12000年前(ねんまえ)に土器(どき)が使(つか)われはじめてから、農耕(のうこう)がはじまるまでの時代(じだい)を縄文時代(じょうもんじだい)といいます。土器(どき)には、弓矢(ゆみや)などの道具(どうぐ)や動物(どうぶつ)・魚(さかな)・木(き)の実(み)などを入(い)れて保存(ほぞん)していました。
  • 人物(じんぶつ)はにわ 香取市小見川城山(かとりしおみがわしろやま)で発(はっ)くつされた男子(だんし)のはにわです(6世紀後半(せいきこうはん)。)はにわには他(ほか)にも馬(うま)や家(いえ)の形(かたち)をしたものなどがあります。
ここで本文終わりです
ローカルナビゲーション
ローカルナビゲーション終わり