平成11年度千葉県工業歴史資料調査報告書所収(平成12年3月発行)

川崎製鉄(株)における熱間エンドレス圧延技術開発の歴史

川崎製鉄(株)千葉製鉄所設備技術部プロセス開発室 二階堂英幸 

1.はじめに

 川崎製鉄(株)千葉製鉄所は,日本で最初の大型臨海一貫製鉄所として開設され,昭和28年の第1高炉の火入れとともに生産が開始された。千葉製鉄所は,日本の鉄鋼業界における近代製鉄所の原型とされるとともに,その後の日本の鉄鋼製造が生産性や生産効率において今日まで世界的な競争力を維持し続けていることの原点でもあった(1)

 この干葉製鉄所において,再び,革新的ともいえる熱間圧延の連続圧延(以降エンドレス圧延と呼ぶ)が世界で初めて開発され,平成8年3月に操業を開始した(2)。エンドレス圧延は圧延技術者にとって理想の圧延と呼ばれており,この開発は熱間圧延の歴史に新しいページを刻むものである。本報告では,熱間圧延を解説しつつ,川崎製鉄(株)における熱間エンドレス圧延技術の開発の歴史について調査した結果を述べる。

2.調査対象,調査方法

(1) 対象
 ア 川崎製鉄におけるエンドレス圧延技術の開発

(2)調査方法
 ア 社内技術資料技術論文
 イ 社内開発担当者のヒヤリング

3.調査内容

(1)熱間圧延におけるエンドレス圧延の目的

(2)エンドレス圧延の開発の歴史
 ア 千葉製鉄所における完全連続圧延の計画
 イ 熱延設備検討班時代
 ウ 誘導加熱方式の提案
 エ 接触接合の第一熱間圧延工場における実験
 オ 非接触接合方式の採用による打開
 カ バリ取り装置の開発
 キ エンドレス圧延設備の建設
 ク エンドレス圧延の実用化
 ケ 製品開発

4.熱間圧延におけるエンドレス圧延の目的

 熱間圧延におけるエンドレス圧延の技術開発の歴史調査に先立ち,熱間圧延の概要とともにエンドレス圧延の開発を行うことになった技術的経緯を紹介する。

 熱間圧延工場は,図1に示すように,加熱炉,粗ミル,仕上ミル,巻取機で構成されている。加熱炉において1000〜1200℃に加熱された厚さ260mm,幅800〜1900mm,長さ5〜12mのスラブと呼ばれる重量約20〜30tonの鋼塊が,粗圧延機と仕上圧延機で一枚ずつ薄く引き延ばされて,板厚12mmから25mmまでの製品にされる。


図1 熱間圧延工場のプロセス

 これらの板はすべて,スラブ一枚単位で圧延されるいわゆる間欠圧延により製造されている。この圧延では,仕上板厚が20mm以下のいわゆる薄物材の圧延において,通板性が阻害されるという問題があった。すなわち,図2(a)に示すように,先端がスリップして仕上圧延機のロールに噛み込まれなかったり,仕上圧延機を通過したとしても,図2(b)に示すようにその出側のテーブルローラー上で板が大きく飛び跳ねて巻取が正常に行われなくなるようなトラブルが発生する。また,尾端についても,図2(c)に示すように板が2枚から3枚重ねとなって折れ込む“せりこみ”"と呼ばれる問題が発生し,尾端が破断することがある。これらのトラブルは,いずれも張力を付加することができない通板の不安定な先尾端を通過させざるを得ないことにより誘発されるものである。仕上ミル入則の素材であるシートパーを接合して先尾端を無くし常に張力を付加させて連続的に圧延できれば,このような問題は発生しなくなる。


図2 熱間圧延における通板トラブル

 間欠的な圧延にはもう一つの問題がある。仕上圧延の圧延速度は,図3に示すように先端が噛み込まれると加速され,可能な限り速度が上げられ最短時間での圧延が行われる。しかしながら,圧延材と圧延材との間の時間は仕上ミルが圧延していない,いわゆるアイドル時間となっており,生産性低下の原因となっている。この問題についても,エンドレス圧延が実現されれば時間間隔はOとなり,大幅に生産性が向上する。


図3 アイドル時間による生産性の低下

 さらに,スリップのために従来の圧延では不可能と考えられていた強調滑圧延が,エンドレス圧延ではその連続性が生かされて安定的に行われる。従って,熱間圧延においても冷間圧延と同じく板の組織制御が可能となり,非常に成形性の優れた板の製造が可能になる。

 このようにエンドレス圧延には従来の圧延にはない多くの優れた点があり,まさに理想の圧延であった。多くの熱間圧延技術者の夢であった。(3)

3.エンドレス圧延の開発の歴史

(1)千葉製鉄所における完全連続圧延の計画

 千葉製鉄所の熱間圧延工場は,昭和33年に第1熱間圧延工場が,昭和38年に第2熱間圧延工場が稼働した。これらは戦後の第1世代の熱間圧延工場であり,現在でも大量生産を担っている水島,君津,大分,福山,鹿島,加古川製鉄所などの大規模な熱間圧延工場よりも一世代古い熱間圧延工場であった。千葉製鉄所では,他社に先駆けて,熱間圧延工場と製鋼工場を含めたリフレッシュの必要性が唱えられていた。

昭和55年に,千葉製鉄所企画部が中心となって,熱間圧延工場の建設を前提に,新しい技術の検討がなされた。主要な技術としては,完全連続圧延(エンドレス圧延),スケジュールフリー圧延,倍幅圧延,温間圧延,新連続鋳造・圧延法が挙げられている。なかでも接合技術に関しては多くの調査研究が行われている。当時調査された結果を図4に示す。棒鋼を製造している舟橋製鋼が,三菱電機,三菱重工業と共同でフラッシュバット接合による連続圧延を開発し,試験的ではあるが圧延を実施していたこともあり,当時の評価としてはフラッシュバット接合が最も有力であった。


図4 昭和55年当時の接合方法の比較と評価(企画部 仁藤隆嗣のレポート)

 また,エンドレス圧延の位置づけについても検討された。薄物のみをエンドレス圧延する案,30万ton/月を全量エンドレス圧延する案,エンドレス圧延をフルに活用する60万ton /月エンドレス案が検討された。

 また,エンドレス圧延の設備配列も図5に示すように検討されており,現状とほぼ変わらない構成となっている。


図5 昭和55年におけるエンドレス圧延のプロセス

 しかしながら,この約2年にわたる調査研究の結論は,エンドレス圧延を推進するものではなく,研究開発を一次中断するものとなった。シートバーの接合による完全連続圧延はソフト・ハード上も著しく困難な開発要素を数多く有しているだけでなく,連続鋳造工場と熱間圧延工場との結合による完全連続式を考えた場合に将来の完全連続式熱間圧延工場の主流となりうるかどうかの判断が,当時では困難であったためである。

(2)熱延設備検討班時代

 千葉製鉄所熱間圧延工場のリフレッシュに対する要求は根強く残っており,昭和59〜61年の間,熱延設備検討班が設置され,エンドレス圧延実現のための実験を主体とした研究開発が積極的に進められた。

 厚さ30mm,幅1900mmのシートバーの全断面を接合することは理想的であるが不可能と判断されており,現実的観点から,どのようにしてコンパクトな設備でかつ短時間で接合できるかということが検討された。その方法のひとつとして,幅の端部を接合し幅中央部は圧延の圧縮応力で圧接するというものが圧延研究室(現加工・制御研究部門)から提案された。その理論的根拠となったのは,接合部の圧延挙動の解析結果である。これによれば,ロールバイト内およびその近傍における圧延方向の引っ張り応力は板幅端部のみでしか発生しない。このことは,幅端部のみを何らかの方法で接合すれば,幅中央部は圧延中の圧縮応力で圧延圧接が可能であると理解された。図6に示す実験も行われ,端部が接合されていなければ,界面は大きく開口するが,端部が接合(この場合には事前に溶接)されていれば,開口を伴わずに圧延が可能であることを確認した。また,幅中央部の圧延圧接の課題と考えられる酸化膜(スケール)の厚さの影響も検討されており,酸化膜圧が20μm以内であれば母材の半分の強度が得られるといった結果も得た。

 以上の圧延通板に対する基本方針のもとに,端部接合法の具体的検討が積極的に進められた。接合方法としては,通電加熱接合法(通電加熱しながらアップセットして接合)とフラッシュバット接合法,さらに接合界面に接着剤となるインサートを入れる接合法の比較実験がなされた。その結果,通電加熱接合法が最も有力と結論づけられた。比較的実績の多いフラッシュバット接合法は,接合端面間の距離をlmm以内の精度で設定しなければならないこと,フラッシュを全断面に一様に発生させることが難しくバッティングと呼ばれる接着現象が発生すること,フラッシュ(溶融鋼)が製品に付着し板の表面品質に悪影響を及ぼすことなどが大きな問題となった。これらの結論から,さらに通電加熱接合法の検討が進められ,写真1に示すような,より実機に近いロール電極による通電加熱実験が行われて,必要電流あるいは接合強度を得るための必要押し込み量の検討がなされた。

 このように、多くの実験を行い成果を残した熱延設備検討班であるが、当時の経済情勢から第3熱間圧延工場の建設が再び頓挫し,検討が打ち切られた。


図6 幅方向接合位置と圧延後の接合部形状


写真1 直接通電加熱実験装置の外観

(3)誘導加熱方式の提案

 平成2年から再び千葉第3熱間圧延工場のリフレッシュプランが検討された。当然のことであるが,エンドレス圧延は必須の技術として社内に浸透しており,研究開発を再開することになる。熱延設備検討班時代に中心的メンバーであった熱延技術室 武智敏貞は,エッジヒーター(シートバー幅端部の誘導加熱装置)の加熱特性にヒントを得て,誘導加熱による接合方法を発案した。図7にその原理を示す。先行材と後行材の端部を接触させ,両材料が構成する開口部に垂直に交番磁界を通過させると,周回電流が流れる。この電流により,接触部の抵抗発熱で加熱し,同時にアップセットして接合させようとするものである。当然のことであるがこの場合のインダクターの鉄心は板幅よりも狭いものとなる。熱延設備検討班時代の通電加熱接合法では,ロールから板に電流を供給することによる溶着ロール疵で悩まされていた経緯があり,電流を電極無しで供給できる誘導加熱法はまさに当を術た方法であった。この方法は,シートバーを接触させて接合することから,以降接触接合法と呼ばれた。

 さっそく,操業に使われるエッジヒーターで接触接合実験が行われた。しかしながら,鉄心形状が本来考えていた形状と異なっていたため予想通りの発熱が得られず,接合には至らなかった。専用の実験機の必要性を痛切に感じた。


図7 接触接合の原理

(4)接触接合の第1熱間圧延工場における実験

 第3熱間圧延工場を建設することを宣言していた川崎製鉄は自社での開発とは別に,広く重工メーカーからも接合力法の提案を受け入れていた。あらゆる方法の中から可能性を見出していこうとする積極的な姿勢を川崎製鉄は常にメーカーに示していた。どのメーカーも最適な方法を見出していなかったが,活発な意見交換がなされた。重工メーカーの検謝した各案と,川崎製鉄の誘導加熱による接触接合法が比較され,最終的には川崎製鉄の案が最も現実的であると判断された。同時に,川崎製鉄の共同研究のパートナーとして,最も精力的に実験を行っていた三菱重工業が選ばれた。電気部門には三菱電機が参画した。これ以降,3社の協同開発体制が整えられた。

 ところで,当時の接合技術開発関係者の最大の課題は,接合実験材をそのまま圧延しろという干葉製鉄所 君島英彦の号令であった。エンドレス圧延の実現になみなみならぬ情熱を傾けていた君島所長は,接合材の圧延が成功しなければ,第3熱間圧延工場のエンドレス圧延の実現は不可能と考えていたのである。

 これらの要求をふまえ,平成4年初めに,誘導加熱装置が第1熱間圧延工場の仕上ミル入側に設置された。シートバーの接合実験が開始されたのである。実験では,幅1mのシートバーを高温のまま仕上圧延機の前に持ってくるための方法や,接合面の酸化膜除去方法など,実機実験を行うため具体的な方法が検討された。

 平成4年5月には,接合実験による接合部のサンプル取りも始まり,接合部の強度評価が行なわれた。金属結合されていれば接合界面は,ぎらぎらの金属光沢のある界面となるはずであるが,灰色の界面が大部分を占める状況であった。周回電流による接触部の発熱とアップセットとの同期が非常に難しく,早く押しすぎると加熱が不十分となり界面に酸化膜が残る灰色面の接合に,逆に押しつけを遅らせるとスパークが発生し溶鋼が飛散するといった具合であった。それでも多くの実験を元に調整を行い,圧延実験にこぎつけた。しかしながら,圧延を実施した結果は,惨憺たるものであった。左右の接合強度が均等でないため,圧延において通板が安定せず破断しやすいこと,圧延圧接の接合強度をほとんど期待できないことなどが明らかになった。後者については,高圧水による酸化膜除去,酸化防止材の塗布などが試みられたが,母材に対して30%以上の強度を得ることはできなかった。酸化膜の存在がこの方法の進展を大きく阻害した。初期に描いた端部接合・幅中央部圧延圧接の計画はもろくも崩れ去った。

 誘導加熱法をさらに有効に使うため,端部の接合だけでなくさらに幅中央までも接合する3点接触加熱法なども検討されたが,これらの方法では,接合材は仕上圧延機を通過しなかった。ほとんど仕上破断した。ここまでの実験回数は41回,鋼材の使用量は既に1000tonを超えていた。昭和59年以来約10年間積み上げられてきた研究開発の結果に暗雲が立ちこめ始めたのである。

(5)非接触接合方式の採用による打開

 平成4年末,この状態を打開しようと,繰り返し議論がなされた。その結果,圧延前に全幅接合を行うことを第1条件に切り替えた。接合方法には,誘導加熱方式が踏襲され,先行材と後行材を非接触状態で加熱する接合方法が採用された。以降この接合方法は非接触接合法と呼ばれた。その原理を図8に示す。先行材と後行材を約5mm程度の隙間をもうけて設置し,シートバーの全幅にわたって均一な磁束を厚さ方向に貫通させると,先後端部に集中した板幅方向の電流が流れ,接合部が幅方向に均一に加熱されるというものである(3)


図8 非接触誘導加熱接合の原理

 まず最初に,今まで実験を行っていた300mm幅の接触接合用のインダクターを使用して,幅約150mmの狭幅の接合実験から開始した。接合は問題なくできることがすぐに確認された。同時に,図9に示すように狭幅の接合材が多数作成されシートバーの長さ中央部に組み込まれて圧延された。非接触接合材の圧延が可能か確認するためである。この試験は,全く問題無く進んだ。今まで圧延できなかったものが,一気に解決に向かった。


図9 組合せ接合材の実験方法

 しかしながら,非接触接合に問題が無いわけではなかった。もともと加熱容量が不足することが予想されたために幅端部の部分接合の検討に入ったわけであるから,全幅接合を実現する場合には当然のことながら,電源の容量不足が最大の問題となった。この問題は三菱電機 坂本秀夫らが総力で検討に当たった。インダクターの電気データーを徹底的に採取し,誘導加熱の磁気回路から電気の等価回路を構築し結果的に既存のインバーター容量で足りること,昇温速度を大きくするためにコイル電圧を上昇させる絶縁強化法が検討された。

 約3ヶ月後に,広幅のインダクターが完成し,平成5年4月には1m幅のシートバー接合実験が開始された。接合条件の設定に2〜3回の実験が行われたのみで,すぐに接合材の圧延実験が行われた。最初に6.0mmの圧延に成功した。接触接合では,失敗の連続であったので,接合関係者の喜びはひとしおであった。接合圧延を成功した時の記念撮影を写真2に示す。前列右から2番目が接合開発の指揮を執っていた部長 山田博右である。背後の設備は接合装置である。


写真2 接合関係者の写真(平成5年)

 その後の約4ヶ月間に,極低炭素鋼,低炭素鋼,中炭素鋼,高炭素鋼,ステンレスなどの接合実験が行われた。また,アップセット力の定量化やクロップシャー切断面をそのまま接合しても,接合強度に悪影響が無いことなどが確認された。

 しかしながら,仕上板厚を薄くしていくと接合部が圧延中に破断し始めた。写真3に通板できた4.2mmの接合部と破断した3.0mmの接合部を示す。本来の目標仕上板厚は1.Ommであり,この問題はなんとしても解決しなければならなかった。破断部は詳細に調査され,2つの問題点に行きついた。第1の問題点は,全幅接合を試みているものの,電流がシートバーの幅端部で迂回するため,端部の昇温が小さく接合できないことである。板厚が薄くなるほど仕上スタンド間で板に作用させる張力応力が大きくなるため,破断に対して厳しい条件となっていたのである。第2の問題は,厚さ方向に大きく折れこんだ部分が見られ,母材部分が板厚の半分以下と小さくなっていることである。第2の問題点については,(6)で詳細に述べることとし,第1の問題点を以下に説明する。

 幅端部の接合が不可能な理由は図10左図に示すように,電流の迂回現象であった。従って,対策は端部の磁束を強くするように板幅の端部に珪素鋼を設置するかあるいは,見かけ上板幅の端部をなくすなどの工夫をすることであった。事実,板幅の端部に珪素鋼を合わせて設置して接合を行うと,米接合幅は50mm/片側と従来の150mm/片側を超える値を大幅に減少させた。しかしながら実機では,シートバーとインダクターとの問は非常に狭く,板幅に合わせて珪素鋼を動かす装置の実現は不可能であった。このときにアイデアを出したのは,プロセス開発室の天笠敏明である。上下のインダクターの鉄心問にコイルを設け,その回路を板幅に合わせて開閉するだけで図10右図に示すように磁束を制御しようとするものである。このアイデアは即座に図面化され製作に移された。写真4に示すような手作りのコイル(当時は鋼枠と呼ばれた)が接合装置に取り付けられ実験が繰り返された。


図10 電流の迂回現象と対策の磁気制御技術

 初期の狙い通りの磁気制御が可能であること,接合の未接合幅が大幅に低減されることが確認された。この磁気制御装置はさらに三菱重工業,三菱電機の技術者により最適化され,実機に適用された。電流や発熱対策など実機の仕様を満足するまでに約1年以上を費やした。なお,この技術(特許)は1999年科学技術庁第58回注目発明選定に選ばれた。


写真3 直送圧延材の接合部
上:4.2mm通板接合部,下:3.0mm破断接合部


写真4 手作りの磁気制御コイルの試作品

(6)バリ取り装置の開発

 接合部破断の第2の問題点であった盛りあがり部すなわちバリに関しては,熱間鋼を工業的に切削する技術が無かったことから,可能な限り切削しないで圧延する方法はないか検討された。仕上第1スタンドで軽く圧下する方法などが試みられたが,写真5に示すように,折れ込みをなくすことはできなかった。同時にバリを除去して圧延した場合の接合部は通板に全く問題がなく,再加熱のプロセセが追加されてはいるが,目標とする1,0mmの圧延まで実施できた。結局,平成5年6月から切削技術の開発へと方向を転換した。

 バリ取りはまず,超硬刃による切削が行われた。切削は比較的容易であったが,工具の寿命に大きな問題があった。すなわち,熱間鋼との接触部が溶損し,寿命がほとんどないことが明らかとなった。このため種々の工具が検討されたが,目詰まりが発生するなとバリの除去にはほど遠かった。約7ヶ月にわたり種々の実験が繰り返されたが解決の糸口すら見えなかった。結果的には,最も困難と考えていた高速切削の分野まで切削条件を変化させた結果,初めて工具の目つまりや溶損のない切削に目処がついた。切削の必要性が明らかになってから10ヶ月後の平成6年4月のことである。


写真5 バリ取りをしないで仕上げ圧延を行った
ときのシートバーの断面

 以降,実機設計の基礎条件を把握するために,高速切削実験機の製作を行い,切削抵抗や切削背分力の測定が行われた。また,工具寿命の定量化,切粉の排出実験などが行われた。初期の高速切削実験では切粉回収を行っていなかったため,切粉の排出はほとんど火炎放射器のようになった。あまりの威力に一同驚嘆したものである。

(7)エンドレス圧延設備の建設

第3熱間圧延工場の建設はエンドレス圧延を実施することを前提に建設が進められた。平成4年10月には杭打ちが始まり,平成5年8月には建家の建設が始まった。機械の基礎工事も加熱,粗,仕上,巻取と同時に進められたが,接合装置の範囲に関しては,接合技術の開発が仕様を決め切れるほど進んでいなかったため,搬送テーブルの部分は深く掘られたままで,電気仕様などはほとんど仮資料で仕事が進められた。当然のことであるが,他の機械メーカーや電気メーカーからは,やはりエンドレス圧延は無理ではないかとの噂が流れていた。ただ,エンドレス圧延の起点となるシートバーコイラーやエンドレス圧延用の巻取設備は,必ずしも大きな問題もなく着々と建設が進められた。

 エンドレス圧延の基本となる一連の接合技術に実機化の目処がついた平成6年10月,三菱重工業において接合装置の製作が開始された。バリ取装置は,詳細の仕様の決定がさらに遅れ,平成7年に入ってから製作が開始された。以降,残っていた基礎工事が突貫工事で行われ,機械・電気の仕様が決められて装置の製作が開始された。このときエンドレス圧延以外の設備は既に試運転が始まっていた。

 平成7年5月に,第3熱間圧延工場が営業生産を開始し,その6月末には第3熱間圧延工場の建設班が解散した。接合関係設備は,残った数名の接合担当者で据え付と試運転調整に当たった。接合装置の据え付けは同7月に,バリ取り装置の据え付けは10月に行われた。また,接合装置の試運転は予定通り10月に開始された。以降,接合装置やバリ取り装置を含めたエンドレス圧延のためのライン全体の連動試運転や,途切れることなくスラブを抽出して圧延するエンドレスミルペーンングあるいは接合装置まわりでの追い付き制御の調整が行われた。実機による接合実験および熱間鋼の切削実験なども行われ,エンドレス圧延の本番に備えた。

(8)エンドレス圧延設備の実用化

試運転や接合の単独実験の後,平成7年l2月28日に最初のエンドレス圧延が行われた。シートバーコイラーからシートバーが繰り出され,接合,バリ取り,仕上圧延と順調に進行し,ストリップシャーで切断され無事巻き取られた。2本接合であるが,最初の実験で世界初の熱間エンドレス圧延が完了した。第3熱間圧延工場の建設から遅れること半年,エンドレス圧延の企画,検討から数えると15年の月日が経っていた。その後,接合本数の増加と板の薄物化が進められ,平成8年2月には1,2mmの圧延が,8月には10本接合や1,0mmの極薄鋼板も通板できるようになっていた。特筆すべきことは,エンドレス圧延において接合部の破断が一度もなかったことである。まさに快挙であった。接合の重要設備である接合装置とバリ取り装置の写真を,写真6,7に示す。


写真6 接合装置の接合状況


写真7 実機バリ取り装置の外観

 エンドレス圧延を実現するための電装設備は,接合装置の他にエンドレス圧延の起点となるシートバーコイラーと仕上出側巻取の高速切断装置と高速通板装置である。シートバーコイラーを写真8に,上面から見た高速通板装置を写真9に示す。写真8のシートバーコイラーには,シートバーのコイルが3個連続で処理されている状況を示している。連続的にコイルが払い出されるためのバッファー機能となっていると同時に,コイル状に巻き取られることによりシートバーの冷却を防止している。また,稼動後の高速通板装置の写真9には,切断部が非常に狭い間隔で搬送されている状態を示している。この先行材(写真上)と後行材(写真下)は1000m/分という高速で搬送されながら切断されたものである。また,この一瞬の後に,後行材は別の巻取械に巻き取られる。シートバーコイラーと高速切断装置,高速通板装置は,平成8年から9年にかけてエンドレス圧延の進捗にあわせて操業条件の最適化が行われた。


写真8 シートバーコイラー操業


写真9 高速通板装置を上部から見たところ

(9)製品開発

 エンドレス圧延の稼働以降,エンドレス圧延の特徴を生かした第3熱間圧延工場独自の製品開発が進められた。エンドレス圧延の主要な目的の一つである。極薄鋼板は平成8年8月にエンドレス圧延を成功して以来,顧客の品質確認試験などを経て,平成9年から本格的に生産が始まった。平成9年10月には4000ton/月の生産を,平成11年には1万ton/月を生産するに至っている。このような大規模な極薄鋼板の生産は国内では初めてであるし,諸外国と比較しても最高水準である。1999年時点において,川崎製鉄で生産している最も薄い熱間極薄鋼板である0,9mm厚の板厚チャートを図11に示す。一本目の途中で1,2mmから0,9mmに走間板厚変更し,その後は±30μmの高精度の板厚を実現している(5)


図11 0.9mmの3本接合材の板圧チャート

 従来の熱間圧延工場では,1,2mm厚が薄物圧延限界といわれており,過去50年間の歴史において薄物化は実現しなかったが,エンドレス圧延ではこれらを安定に圧延することが可能になった。また,幅についても,1,2mm厚では1200mm幅が限界であったが,エンドレス圧延では1700mmの広幅まで圧延可能になっている。幅の広い自動車のパネルなどが一体で成形可能となるなど,省力効果が挙がっている(6)

 また,エンドレス圧延ではその連続性による安定な圧延の特性を利用して,高潤滑を施すことができる。高潤滑の圧延を実施すると,熱間圧延において金属の組織制御が可能となり,その組織の特性は冷間圧延まで引き継がれて,r値(加工性の指標,r=幅方向歪/板厚方向歪)の高い製品が得られる。このような薄板研究部門の研究結果(7)のもとに,平成9年からエンドレス高潤滑圧延が開始された。非常に加工性の良い材料が製造されており,その一例を写真10に示す。従来のr値はせいぜいr=2,4程度であったものが,エンドレス圧延によりr=3,0程度まで製造可能となっている。このような材料は,従来溶接などで組み合わせて製作せざるを得なかった筺体などの製品を,一体成形で製作可能にするものである。製造工程の簡略化などが計られる(8)


写真10 高r値鋼板と通常材の深絞り性能の比較

 その他,新たに無酸化雰囲気接合を実現する不活性ガスシールド技術が開発され,高張力鋼のエンドレス圧延やステンレス鋼のエンドレス圧延技術が平成10年に開発された。エンドレス圧延において開発された代表的な技術を図12に示す。


図23 エンドレス圧延における代表的開発技術

4.おわりに

 川崎製鉄におけるエンドレス圧延の開発の歴史を紹介させていただいた。熱間圧延の現状と問題点,またそれからエンドレス圧延がどのようにして開発されてきたかその調査結果および著者自身の開発体験を記させていただいた。理想の圧延と言われたエンドレス圧延が実現されが,今思うと各局面において技術的な困難を克服した開発スタッフの知恵と粘り強さに改めて感心する次第である。

 また,実機開発にあたり多大なご協力をいただいた三菱重工(株)広島製作所 林寛治氏,石川島播磨重工業(株)産業機械設計部 松下俊郎氏に深く感謝します。

引用文献
1)反町健一:千葉県歴史資料調査報告書, ,PP(1993)
2)二階堂英幸,磯山茂,野村信彰,林寛治,坂本秀夫:川崎製鉄技報,28-4,PP26(1996)
3)二階堂英幸:第169,170回西山記念講座,PP79(1998)
4)桂重史,森本和夫,市来崎哲夫,鬼鞍宏獣:精密機械学会誌,65-8,PP1184(1999)
5)二階堂英幸:塑性と加工,40-456,pp2(1999)
6)山田信男,北浜正法,二階堂英幸:川崎製鉄技報,31-3,ppl1(1999)
7)松岡才二,小原隆史,角山浩三、左海哲夫,斎藤好弘,下等健三:日本金属学会秋期大会シンポジウム講演予稿,PP136(1986)
8)西村恵次,福井義光,川辺英尚:川崎製鉄技報,31-3,ppl7(1999)

参考文献
1)小川靖男,中村武尚,北尾斎治:川崎製鉄技報,27-3,PP1(1995)
2)今江敏夫,野村信彰,三吉貞行:川崎製鉄技報,28-4,PP21(1996)
3)吉村宏之,川瀬隆志,前田一郎:川崎製鉄技報,28-4,PP33(1996)