(かぶ)せんしゅうしゃしゃおく(きゅうしょうゆうぎんこう)

22 (株)千秋社社屋(旧商誘銀行)


野田市

産業関係・商業・銀行

1926(大正15)年

この建物は野田商誘銀行として建設され,1926(大正15)年6月に完成された。野田商誘銀行の「商誘」の名は,銀行創立委員の殆どが野田醤油醸造組合の組合員であったため,「醤油」の語呂に因んで選ばれた。後の太平洋戦争中の金融統制により千葉銀行と合併したが,1970(昭和45)年からキッコーマン系列の株式会社千秋社の建物となり,現在に至る。不動産業務やキッコーマンの会計業務などを行っている。

旧商誘銀行は野田市の商店街の中心の東側に位置し,道路に面して建っている。また,建物の南側に細い路地がある。敷地は,隣に建っているかつての社長の住宅の庭園の一部から切り取ったものであり,建物の北側と東側に庭が広がる。庭の向こう側,南東の方向すぐそばに1927(昭和2)年竣工のキッコーマンの本社がある。

建物は,陸屋根を持つ2階建ての鉄筋コンクリート構造の建築である。外観は,1920年代に流行のアール・デコ様式である。表面仕上げ材は,クリーム色の石とグレーのモルタル塗りである。正面である西面は三つの部分に分けられ,左右対象の構成を示す。1階では,入口は中央の位置を占め,両側に窓が一つずつあり,2階では,下の開口部に合わせて,3つの窓が設けられており,窓を始め全体的なプロポーションはジョージアン風のヴィラ建築を思い起こさせる。入口に一相二枚の開き戸が入り,両脇には,壁に取り付けられたトスカナ式円柱が建ち,入口の上にある,レリーフの付いたアール・デコ風の階段形「ペディメント」を支えている。入口の上の窓だけは,周囲を巡る簡単な枠と繊細なレリーフによって強調されている。中央部分の両脇に巨大オーダーのピアが建つ。このピアに,アール・デコらしい,2段の凹んだパネルがアクセントを与えており,ニッチとしても捕らえられる。垂直的にみると,外観は,古典様式の原則に従って,4つのゾーンに区分できる。即ち

1) 台座の部分;
2) ピアと対応する建物の本体の部分;
3) 簡略されたフリーズとコーニスの部分;
4) パラペットの部分;

台座は入口周りで中断されており,また,その最上のブロックは少し突出し,巨大オーダーと1階の窓敷居のベースを兼ねている。台座とその上の本体の部分は石造仕上であるが,1階と2階の窓を結ぶモルタル仕上の凹みのパネルがあり,窓とともに垂直な要素をなしている。フリーズとコーニスは質素であるが,ピアの上でエンタブラチュアも突出し,レリーフもその部分に施されている。パラペットの部分には,左右に下の窓の位置に合わせられた狭間を備えたパネルがある。パラペットの中央部分は少し高くなっており,その面は2つの豊饒の角形衣紋に囲まれ,渦型と帆立て貝に冠された半卵形体を中心としたレリーフが施されている。

小道に面する南面は,より素朴でありピア等がなく,台座,ドア周り,窓の土台と上枠だけは石造で,残りはモルタル仕上である。開口部はそれぞれの階において4つずつあり,1階では西端から2番目の開口部は現在窓に改造されているが,当初は社員用の入口であった。残りは全て窓である。窓と窓の間は西面に比べて狭いが西面と同様にそれぞれの階の窓を結ぶ凹んだパネルというモチーフがまた利用されている。窓の殆どはアルミ・サッシに改造されているが,建物の東北隅に当初の鉄製の上げ下げ窓が残っている。玄関の上のフリーズにアール・デコ化されたドリス様式のトリグリフとグタイが見られる。建物の隅の細部にも特徴があり,平面で見ると全ては丸くなっている。丸くなっている隅,それぞれの階の窓の間の凹みのパネル等の細部と外観の構成全体は,キッコーマンの本社の外観と強く類似するが,本社の仕上げはより素朴なベージュ・モルタルでレリーフも少ない。ここに銀行と本社の身分差が表現されていると考えられる。

1階の部分は現在主に事務所として利用され,内部設備と間仕切りは大きく改造されている。当初はカウンターにより,西側の客の部分と東側の社員の部分に別れていて,前者は西の入口,後者は南の入口から入るように計画された。建物の東南隅には,階段ホールがあり当初の階段も残っている。

2階は全般に当初の姿をよく残している。特に,現在会議室として利用されている西側の部屋2室には,当初の漆喰天井と木製のドア・ケース等の優れた細部が残っている。窓の盗難防止の鋼鉄製シャッターも残っている。現在はモーター付きであるが,当初は手巻でありハンドルも残存する。付属備品として創立者の像や書等がある。設計図面が残っておらず,設計者は明らかではない。

少しの雨漏りを除けば,建物の維持状態は良く,部分的に改造があるものの,外観と2階は当初の姿をよく伝えている。キッコーマンの本社と並んで日本における1920年代のアール・デコ建築の面白い例であるとともに,野田市の特殊な産業の遺物としてその歴史的な価値は極めて高い。

(モリス マーティン)

地形図 「野田市」(略)

写真22-1 旧商誘銀行の西面 (1997年) 写真22-2 旧商誘銀行の南面 (1997年)

写真22-3 西面の細部:パラペットのレリーフ (1997年)

参考文献:

1) 市山盛雄:野田醤油株式会社20年史,1938年


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