2026/1/24(土)
七天王塚
千葉県立中央博物館から北西へ約600mのところに七天王塚がある。その名のとおり7基の塚で構成される史跡で、千葉市指定史跡となっている。1号塚、2号塚、3号塚はバス通りからよく見えるので、多くの人に知られている。この7基の塚は千葉氏の妙見信仰との関わりから、北斗七星の形に配置され猪鼻城を守護しているとか、千葉氏の七兄弟を葬った墓であるとか、平将門の七騎武者の墓だとか様々な言い伝えがある。塚には石碑があり、そのうち確認できる最古のものは安永二年(1773)銘の堀内牛頭天王碑で、この頃には七天王塚が成立していたようである。2002~2010年に千葉大学亥鼻キャンパス内にある4号塚、7号塚の間のスペースで発掘調査が行われており、墳丘が既に失われた帆立貝式前方後円墳が発見されている。そのため七天王塚はこの前方後円墳とともに古墳群を形成している古墳である可能性が高いという。そのような目でこれらの塚を見ると、4号塚は墳丘がほとんど失われた方墳のようにも見えてくるし、6号塚は横穴式石室が取り払われた円墳の墳丘が馬蹄形に残っているようにも見えてくる。しっかり発掘調査をすれば明らかになるだろうが、塚の上に生える木の枝一本でも切ると祟りがあると畏れられており、調査をするのは難しそうである。
-
写真1 4号塚、土の高まりが直線的で方墳の名残りのように見える。
-
写真2 6号塚、石積の祠を囲う馬蹄形で土の高まりが残る。
-
写真3 7号塚に土器片が落ちていた(奈良平安期の土師器と須恵器か)
(黒田篤史)