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担当者が語る、「きのこワンダーランド」展の展示趣旨です。

中央博だより 第61号(2005年12月発行)より転載しました。

秋の展示1 「きのこワンダーランド」

植物学研究科 吹春 俊充  
 千葉県立中央博物館のきのこ展は1995年に続き2回目です.
 毒きのこの印象が強く,怪しい,不可解だ,という誤解を解消するために,今回の展示では陸の生態系を陰で支える,つつましやかですが頼もしい,その暮らしぶりを紹介しています.
 また世代を越えて展示を楽しんでいただけるよう,奥深いきのこ関連グッズも豊富に並べています.
 しかし,やはり今回最も紹介したい内容は,森ときのこの関係です.
図1.展示の導入ではきのこの暮らしぶりをまず勉強 図2.和風きのこグッズのモチーフはシイタケとマツタケ
森ときのこ
 きのこといえば落ち葉などを分解する森の中の分解屋という役割が強調されがちです.しかしそれは森の中の菌をめぐる出来事の半分でしかありません.
 森の中でのきのこのもう一つの働きは,植物の共生者としての菌類です.少数の例外を除き草本を含めほとんどの陸上植物は根の部分に「菌根」という,菌と植物が合体した器官をもち,互いに不足する栄養のやりとりをおこなっています.すなわち「共生」して生きているのです.陸上に植物が上陸したとされる約4億年前の化石には,現在でも広く見られる内生菌根(アーバスキュラー菌根)が見られ,植物が陸上で生育するうえで,菌根という組織が不可欠であったことを物語っています.
 その後,約1億年くらい前に,従来の菌根とは異なる外生菌根というものが登場しました.植物の根を菌が覆い,耐寒性,耐乾性にすぐれ,土壌中の微生物からも根を守る新機軸の菌根です.
 この菌根とともに飛躍的に進化した植物のグループが,マツ科,ブナ科,カバノキ科などの仲間で,ほんの少数のグループであるにもかかわらず,現在北半球の森林で優占しています.この外生菌根をつくる菌が「きのこ」です.
 森の生存にとって「きのこ」は不可欠の存在であり,互いに特定のグループと長い歴史を共有してきたため,特定の植物は特定のきのこと深い関係があります.
◆ シイ・カシの照葉樹林ときのこ
 ヒマラヤの中腹から中国南部,東南アジアの島々をへて西日本から房総半島付近まで広がるシイ・カシ(ブナ科)の照葉樹林は,東アジアの自然の大構造です.このシイ・カシ林は興味深いきのこが棲む森でもあります.
 例えばボルネオ島やマレー半島,沖縄を経て千葉県のシイ・カシ林に分布するチャオニテングタケ.ネパール,中国南部,房総半島に見られるハイカグラテングタケ.このようなきのこは東アジアのシイ・カシ林の起源,また房総半島の自然の成り立ちを考える上でも大変興味深いものです.
 日本のシイ・カシの照葉樹林は,ブナ林よりも絶滅に瀕しているという見方もあり,稀少な貴重な森でもあるのです.房総には「大学の演習林」として保護されてきた立派なシイ・カシ林があり,シロオビテングタケという大型の新種のきのこも近年見つかっています.シイ・カシの照葉樹林のきのこは,房総のきのこ相の重要な要素なのです.


図3.チャオニテングタケ Amanita sculpta

ボルネオ島やマレー半島,沖縄をへて千葉県まで分布する.千葉のシイ・カシ林のきのこを代表する稀産種.
千葉県指定の絶滅危惧種でもある.
2000年10月 11日,大多喜町
◆ 里山ときのこ
 房総のきのこ相のもう一つの特徴は,里山のマツ林やイヌシデ・コナラの雑木林に見られるきのこでしょう.人里のマツ林は人為的な二次林であり,人が燃料や肥料を得るために林内の落葉や枯木は常に取り除かれ続けたため,常に有機物が収奪される林床は安定的に貧栄養に保たれ,貧栄養の菌根菌と共生するマツ林が長期にわたり安定的に存続しました.
 マツ林の菌根菌であるショウロ,アミタケ,ハツタケなどのきのこ狩りは,昔の子供の娯楽でした.マツの根に寄生するブクリョウの菌核は漢方薬として江戸時代の幕府への献上物でもあり,換金産物でもありました.
 今は採れなくなったハツタケやアカハツは,現在では季節になるとデパート等で非常な高値で販売されています.全国でも唯一ハツタケを味で評価する千葉県民の嗜好は,長期にわたった里山の環境と深く結びついています.
図4.ショウロRhizopogon rubescens
DNAをつかった鑑定によればアミタケと非常に類縁が近いとされている.アミタケと同時期に同じような場所に発生する食用きのこ.
現在では,千葉県指定の絶滅危惧種.
1992年5月22日,長生郡一宮町.
図5.アミタケSuillus bovinus
本種とハツタケ,ショウロは房総の里山マツ林の食用きのこ御三家である.
1993年5月9日,山武郡蓮沼村.
図6.アカハツLactarius akahatsu
房総ではハツタケと並び食用きのことして珍重される.稲毛の人工海浜は植栽
されたマツ林だが,このような外生菌根菌もみられる立派な林となっている.
1992年7月7日,美浜区高浜,稲毛海浜公園.
図7.多様なきのこの姿を曼荼羅風に紹介


図8.西洋きのこグッズのモチーフはベニテングタケ系とヤマドリタケ系の2系統に分けられる
◆ 千葉菌類談話会と博物館のきのこ展
 千葉菌類談話会は1991年に発足したきのこ愛好会です.観察会や勉強会をとおして県内で活動を続け,設立まもない博物館に事務局をおき,ほとんど情報のなかった千葉県の大型きのこについて,博物館と連携して基礎調査をすすめ,また共同で数多くの目録を作成してきました.
 現在,博物館には約2万点の大型きのこの標本が収集され,県内から666種の大型菌類が知られるようになりました.談話会の会員は300人を越えており,現在では日本有数のきのこ愛好会に育っています.今回の展示は,談話会と博物館が共同で制作しています.

 きのこは目立たない存在ですが,地球生態系における役割は計り知れないものがあり,その暮らしぶりはもっと知られてよいと思います.
 家できのこ鍋をつつきながら,森をささえるきのこの数億年におよぶ歴史とその暮らしぶりについて思いをはせてはいかがでしょうか.今回の展示が,そのきっかけになればと願っています.

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