ひらじんさけてんてんぽ

23 平甚酒店店舗


神崎町

産業関係・商業・商店

木造平屋建,桁行9間,梁間5間,4面下屋付き
1874(明治7)年頃

平甚酒店店舗は旧神崎町役場に隣接して建っている。現在は酒小売りの店舗であるが,以前は造り酒屋であった。

良質の水を有するため,神崎町には7軒の造り酒屋があったが,そのうちの1軒が本対象である。

平野甚兵衛による創業以来,「百禮」,「天禄」などの清酒を製造していたが,1932(昭和7)年から酒類の小売りのみを行うようになった。敷地内南側の醸造所は,昭和の初めより静岡県の醸造業者が使用していたが,第二次大戦中は兵器庫として用いられた。現在は倉庫として使われている。

本建築は1874(明治7)年の大火直後に建設されており,昭和の大火では道路沿いの建物がほとんど焼失した中,敷地内西側に建つ蔵に守られ焼失を免れたという。

木造平屋建,寄棟屋根の建築で,現在は道路側正面の中央部5間分を開口部とし,道路に対して開放的な造りとしているが,1980(昭和55)年頃までは前面に塀を立て,中央部分に鉄扉を付けた門を設けるという閉鎖的な外観であり,醸造場時代の名残りを見せていた。

店舗正面から入ると横長の土間があり,商品が並べられている。土間は中央のみ2間幅で奥まで続き,庭へ通り抜けられるようなプランとなっており,以前はこの土間が馬を利用した米の搬入路となっていた。土間を抜けると広大な庭があり,現在も前述の醸造所と2棟の土蔵が残っている。

店舗内部は通り土間を挟んで両側に居間がある。西側の居間は改装しておらず,建築時の状態をとどめた座敷であるが,東側は以前土間であり台所兼蔵人の食事の場であった。ここには煉瓦のかまどがあり,その煙突が屋根の上に出ていたという。また屋根裏には2間の和室を有し,現在も使用している。

醸造は行っていないものの,当時の醸造施設の配置やプランを今に伝える数少ない産業遺産のひとつである。

(江口敏彦)

地形図 「佐原西部」(略)

写真23-1 店舗道路側外観 (1998年) 写真23-2 店舗庭側外観 (1998年)

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