1.海岸生地衣類って何?

海の生物にとって陸上は過酷な環境,逆に陸の生物にとって海中は過酷.その間に挟まれた海岸には,とても特殊な生物が住むことになります.

特に岩石海岸は,地衣類が卓越します.これらを海岸生地衣類と呼びます.優占する地衣類の色調によって,下の方から 黒色帯(こくしょくたい)橙色帯(とうしょくたい)灰色帯(かいしょくたい)が帯状に分布することは欧米では古くから知られていました.日本でも基本的には同じですが,これに加えて桃・褐色帯(とう・かっしょくたい)が認められています(文献)

zonation
(文献) 原田浩/ 2016/ 日本産海岸生地衣類.垂直分布帯と種多様性(予報)/ Lichenology 14: 163-166.

 

 

波が荒い外海に面した岩場では,帯状構造は分かり難くなり,同じ種でもより高い場所に出てくることがあります.波静かな内湾のほうが帯状構造は明瞭です.また,干満の差が小さな日本海の沿岸では黒色帯と橙色帯の幅が狭くなります.

 
黒色帯(こくしょくたい)

地衣類が優先する空間の中で最も下の,潮間帯,つまり満潮時には水没するような高さのあたりです.よく発達する場合には黒い帯になるため,こう呼ばれます.広義のアナイボゴケ属(Verrucaria s.lat.)で構成されますが,これらは日当たりの良い,あまり水没しない箇所では黒色になります.日に当たりにくいと緑色です.また,やや下方にはイソシズミゴケ(Collemopsidium halodytes)が混じりますが,こちらは褐色で目立ちません.

black zone
満潮時に水没し,干潮のときに露出する高さです.黒っぽいところがアナイボゴケ属で,周りにはカメノテやフジツボが付着しています.
 
橙色帯(とうしょくたい)

黒色帯の上に接してできます.その名の通り,オレンジ色の地衣類から構成されるため名づけられました.その地衣類とは,広義オオロウソクゴケ属(Xanthoria s.lat.)と広義ダイダイゴケ属(Caloplaca s.lat.)です.明るい場所に成立します.

orange zone
この港の岸壁の中ほど(矢印)のオレンジ色の部分に広義ダイダイゴケ属が帯をなしています.
 
灰色帯(かいしょくたい)

橙色帯のさらに上に位置します.海岸に特有の種だけでなく,内陸に分布する種も多く,様々な種から構成されます.灰白色(かいはくしょく),灰緑色(かいりょくしょく)の種,また黄色を帯びた種も多く,全体的に灰色っぽいため,灰色帯と呼ばれます.明るい場所に成立します.

gray zone
この岩には,ウメノキゴケ科の黄色を帯びた,ハマキクバゴケ(Xanthoparmelia saxeti)などキクバゴケ属(Xanthoparmelia)が多く見られます.また,灰白色のハマスミイボゴケ(Buellia yoshimurae)と,灰緑色のクロボシゴケ(Pyxine endochrysina)も目立ちます.
   
 
桃・褐色帯(とう・かっしょくたい)

高さとしては,上は橙色帯から灰色帯の下部まで至り,下は黒色帯に接します.橙色帯と灰色帯が日向に成立するのに対し,桃・褐色帯は日陰に位置します.桃色を帯びるイソクチナワゴケ(Enterographa leucolyta)が大きな面積を占めることがあり比較的目立ちますが,褐色のヘリブトゴケ(Roccellina niponica)がしばしば混じります.どちらもリトマスゴケ科です.

pink zone
日当たりが悪い,矢印で囲まれた部分は,イソクチナワゴケが広がり,桃色に染まっています.