第14章 干潟の移入種(外来種)問題![]() 陸域では外来種の侵入と環境悪化が重なって生物の在来種は減少しています。在来種が減少すれば共生関係にある種も減少し、絶滅に繋がる可能性もあります。同じことは海域にも起こります。生態系の攪乱について、対策が必要ではないでしょうか。 移入種(外来種)問題とは 人間の活動に伴って生物を自然分布域外に移動させることにより、移入種(外来種)が地域固有の生物層や生態系を攪乱して生じる問題です。移入種の定義を下表に示します。 生物多様性の喪失、人への健康被害、産業活動の阻害などです。特に侵略的移入種の影響は、環境破壊による種の絶滅に匹敵する脅威となります。京葉工業地帯の物流を支える東京湾に出入りする船舶は多く、必然的にバラスト水の排出量は多くなります。 表 生態系、生息地、種を脅かす外来種の予防、
導入、影響の緩和に対する指針原則
野生生物保護対策検討会移入種問題分科会 平成14年8月:『移入種(外来種)への対応方針について』2002年4月第6回生物多様性条約締約国会議 決議の付属書 バラスト水とは 大型貨物船などの船舶は、航行時に船の安定性を確保するためにタンクに水を張って重しにします。これがバラスト水です。空荷で航行する時に出航地で積み、入港先で荷積み後に排出します。総量は船体重量の25%〜30%、取水量は世界で年間100〜120億t、日本の搬出量年間約3億1000万t、搬入量1700万tと推定されます1)。 バラスト水が干潟に与える影響 船がバラスト水を取水する際には、プランクトンや底生生物・魚介類の卵・浮遊幼生・稚仔体・成体を同時に取り込んでしまいます。有害な水生生物や病原体も移動させます。 バラスト水の中の生物の生存率は、航行日数に比例して減少し、例えば、1か月という長期航行の間には、密度で96〜99%、分類群数にして57%〜95%の生物が死滅するという報告があります。しかし、航海中に経験する環境の変化は比較的穏やかなものであり、他の侵入経路に比べて多数の生物種が海を越えて運ばれているとされています2)。 付着性の種は、産業施設の稼動効率を低下させ、駆除には膨大な費用がかかっています。過去、防除対策に大量の有機スズ系防汚剤が使用され、内分泌攪乱物質による環境汚染が問題になりました。塩分濃度の変化にも強い耐性を持つ種が多く、東京湾で高密度に繁殖し、在来種の生育を妨害します。 例えばムラサキイガイは、剥離した個体群のまま三番瀬のあちこちに転がっています。東京湾の外来種は、約20種が確認されています3)。 これらの外にも、ヒゲナガヨコエビは、色素胞を持ち体色の変化が可能、棲管を作って魚などの捕食者の攻撃を避ける、卵を保育嚢で保護し親と同じ形で孵化させる。繁殖力や遊泳力に優れている等、バラスト水による移動能力の高い種です。在来種のヨコエビ類との競合や、生態系への影響については未だ調査されていません。 対策について 船舶に対するバラスト水の規制については、1980年後半以降から海洋環境保護委員会(MEPC)によってガイドラインが策定されていました。その他に、塩素、過酸化水素による薬品処理、紫外線照射、電気ショック、航行中のエンジンから発生する余熱をつかった加熱処理などの技術が考案されましたが、広く普及してはいません。唯一、外洋においてバラスト水を交換する方法が一般的でした。 外洋での交換は気象条件により制限され、高度な技術が必要です。海難事故が起これば船体の破損と海洋汚染を引き起こします。ガイドラインが遵守されていたという保障はありません 4)。 国際海事機関(IMO)の委員会で平成16年2月13日、バラスト水の新たな国際条約が採択されました。 2009年以後新しく建造される船舶は、バラスト水を適切に処理する設備を備えていることが義付義務けられました。2016年以降は既存の船を含む全ての船舶がバラスト水を適切に処理する設備を備えることになりました。採択されても批准されなければ実効性に欠けます。陸地から200海里離れた場所で交換する現状でさえ、影響が皆無というわけではありません。 採択以前の詳細は、IMO第49回海洋環境保護委員会の結果5)を参照してください。 バラスト水環境調査の必要性 東京湾本来の干潟生物の減少は著しく、後背湿地を持つ盤洲干潟に比べ、三番瀬では種類の減少が目立ちます6)。 移入種は、東京湾を始め人為的影響を強く受けている内湾や港湾で豊富に見られ、自然状態の良好な海域では殆ど見られない。したがって帰化動物の定住と人為的影響による海岸環境の劣悪化とは深い関係があり、人為的影響の少ない健全な環境では、在来種が帰化動物の侵入を阻止しているとも考えられるとの報告 7)もあります。 さらに、干潟の底生動物は、実際には、日本の沿岸域で干潟のある地域ごとに分断されて出現し、しかも各地間で、同じような干潟環境を持っていても分布する種が異なるという特徴を持つことです。このことは干潟の底生動物は、個々の地域との結びつき、すなわち地域固有性が強いことを示しており、一つの地域で消滅した種が、他の地域に生息することを期待するのは難しいことを意味している8)とされ、干潟の生態系が変化すればその回復は容易ではないことがわかります。 バラスト水については、海事専門家や生態学の一部の専門家以外には、その問題があまり理解されていません。しかも、船舶の航行は綿密なタイムスケジュールのもとに厳しく管理されています。バラスト水調査への協力を依頼した場合、日程変更に伴う損失を負担しなければなりません。調査は相手国や船主の了解、船舶の名前を一切公表しない等の条件付で行われ、きわめて限られたごく少数の船舶しか調査できていない現状です。 干潟は海の生物の揺籃期に不可欠の存在です。在来種の生物の多様性が保たれている干潟でも、面積の減少や環境悪化が続くと、浮遊幼生が定着できず死亡し、親も死滅していくという悪循環が続きます。 生き物の生態や共生関係については、今の科学で解明できたものはごく一部です。種の攪乱や絶滅による連鎖的な影響を放置すれば、最悪の場合はトキと同じ道を歩み、貴重な在来種はもちろん豊かな生態系も永久に失うことになりかねません。 バラスト水で移動する移入種が、生物の多様性を損ない取り返しのつかない事態にならないよう、調査と対策が必要です。三番瀬の再生はその要になるのではないでしょうか。 (桝井幸子)
引用文献 1)池上武男氏講演、平成12年度日本航海学会春季講演会(社)日本海難防止協会 2)日本生態学会、外来種ハンドブック(2002)、地人書館 3)朝倉彰(1992)東京湾の帰化動物 都市生態系における侵入の過程と定着成功の要因に関する考察、自然誌研究報告、2(1)、千葉県立中央博物館 4)日本海事協会平成13年度 ClassNK 研究発表会講演集バラスト水交換に関する研究 http://www.classnk.or.jp/hp/RI_presen/H13_PDF/H13_01.pdf 5)平成15年7月22日 国土交通省バラスト水管理条約案の概要 http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha03/01/010722/01.pdf 6)風呂田利夫(2002)第26回海洋工学パネル東京湾の自然の現況と修復策、三番瀬再生計画素案 2003.11.9 資料p25(抜粋) 7)風呂田利夫(2001) 東京湾における人為的影響による底生動物の変化、月刊海洋、33(6)、pp.441-444 8)和田恵次(2000)干潟の自然史、pp.170〜171、京都大学学術出版会
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