第15章 三番瀬の底生生物を飼ってみよう



 生き物たちの生態は、テキスト通りの単純なものではありません。三番瀕の底生生物はそれぞれがどんな役割を果たしているのでしょう? 私は既成概念に囚われず、干潟の生き物たちを観察したいと思いました。結果は、驚きと発見の連続です。
 次は何が起こるのだろう? そんな期待を持って飼育するのはとても楽しいものです。飼ってみて始めて分かる発見は次の新しい疑問に繋がります。誰も知らなかった真理を発見できるのは、あなたかもしれません。干潟は未知のワンダーランドです。皆さんも是非、三番瀬に行って見て下さい。

 砂泥をスコップで掬い取り、ポリバケツに入れました。アサリ、ウミニナ、ヤドカリ、海藻を無造作に放り込み、海水をペットボトルに入れて帰りました。採取時は種類も数も確かめていません。15キロの海水とバケツの砂泥(3キロ以上)を大人二人でリュックに詰め、電車、バスを乗り継ぎ持ち帰りました。登山用大型リュックとマリンブーツというアンバランスな格好です。
 以後、毎月、このスタイルで三番瀬の海水を持ち帰っています。潮見表で干潮時を選びますが、厳寒期の海水汲みはさすがに少し辛かったです。でも物言わぬ小さな生き物たちから学ぶことは沢山あります。生き物の不思議さに驚き、魅了されています。
 例年はバードウォッチングを兼ねて三番瀬に出かけています。が、上空を見上げている時間よりも、泥んこになって穴掘りする時間のほうが多くなりました。
 潮の干満のリズムが必要だと思い、好天時は水槽の海水を汲み上げて砂泥表面を直射日光に晒しています。貝は潮を噴き上げて喜んで? います。生き物たちの習性を知れば、潮干狩りの達人にもなれます。
 わずか3キロの砂泥と、少しの海藻、そして海水、そこにこんなに多くの生き物がいるとは、全く想像できませんでした。ホトトギス貝は海藻にくっついて侵入しました。ゴカイはトンネルを掘り、ケンミジンコが泳ぎ始め、ヨコエビが大繁殖し、プランクトン類が次々と姿を見せます。偶然の珍客だったワレカラは半年後に、糸くずみたいな子供を体にくっ付けるようになりました。水槽の中はとても賑やかです。飼育中の底生生物の数と体長を表1に示します。
 世話を焼いているうちに愛着が湧き、種の同定のために標本にする(殺す)ことには最初は抵抗がありました。ですが、正しい名前を知るためには、標本にすることがかかせません。
どんどん生き物が増えてきましたので、今後は水槽の数を増やす、三番瀕に里帰りさせる、捕食者を導入し生態系のバランスをとることを考えています。

表1 飼育中の底生生物
2003年9月23日2004年3月13日
種類体長(mm)体長(mm)
アサリ138〜20119〜23
ホソウミニナ2202
ホトトギスガイ171
ヒゲナガヨコエビ多数1〜12多数
ユビナガホンヤドカリ 2202
ゴカイ類多数40〜50多数
トゲワレカラ315〜25多数


底生生物の飼育方法

(1)飼育環境
    水槽  
    a.25リットルガラス水槽
    b.サイズ 25×39.5×27.5(cm)
    c.エアレーション  有
    d.流木1本 貝殻20個
    e.三番瀬砂泥 深さ5〜7cm 高低差有
    f.海藻 アナアオサ、オゴノリ


    水質
    a.最初 三番瀬の海水15リットル+人工海水2リットル
    その後は毎月、三番瀬の海水を交換。水槽の1/3程度
    b.補充用の水  メダカ飼育水槽の水を使用 
    c.水温 常温


    設置場所
    a.南向き 縁側
      幅 55cm 高さ 45cm
    b.干潮時を再現するため好天時は海水
      を汲み上げ,砂泥表面を露出させる。
      3〜4時間直射日光に晒す。
      頻度は適宜。


(2)餌

  メダカの餌 34種ミックス 0.1〜0.3g/1日 適宜。

(3)飼育の注意事項
    移動が苦手な生き物たちです。水温が低い時期の攪乱は避けて下さい。
      砂泥は、必ず現地のものを使ってください。
    餌の与えすぎに注意しましょう。
    蒸発する水量を補充して下さい。川や池の自然水が良いです。
    夏場の飼育は困難です。

観察の結果わかったこと

  • 有機物を二枚貝が濾過できる能力は?
     米の研ぎ汁、牛乳などを薄めて与え、まず目視による変化を見ました。24時間以上経過すると目視では十分綺麗です。

  • アサリの成長速度は?
    個体別のデータが必要です。2003年9月23日から3月13日の飼育で大きくなったことがわかりました。殻の模様は個々に違いますから個体識別は容易ですが、人工的な飼育環境での成長が現場の成長速度と同じなのか、違うのかはわかりません。

  • 季節、水温、昼夜で底生生物の濾過能力や生態、成長速度に変化はあるでしょうか?
     ホソウミニナやヤドカリは、水温が下がると干潮時でも砂泥から出ません。ゴカイや貝類は水温が下がると、活動も鈍ります。
     二枚貝は種による差が大きいです。

  • 排泄物の処理はどうなるのでしょう?
     砂泥中のバクテリアや原生動物が処理しています。

  • 死骸はどうなるの?
     主にヨコエビやヤドカリが食べます。底生生物は、衰弱するとたいてい土中から出て、死亡します。

  • 生き物が途中から水槽に出現してくることがあるでしょうか?
    ケンミジンコが増えました。小さくて気がつかなかったのです。また、最初は発見できてもいつの間にか姿を消すプランクトンがいました。動き回るので種の同定には技術と知識が必要です。海水を入れ替えるときに流してしまわないように、濾紙やネットが必要です。

  • 海藻や空の貝殻に付着して生活する生き物が多くいます。
    ワレカラはオゴノリそっくりに擬態し、ナナフシみたいです。千葉県立中央博物館で種の同定をしてもらった結果、ヒゲナガヨコエビ類と判明しました。ヒゲナガヨコエビの属はこれまで51種が確認されていますが、分類が難しくその種類や生態を研究する人は少いそうです。ヨコエビはバラスト水で世界中に移動しています。私の水槽で元気に生きているヒゲナガヨコエビはどこから来たのでしょうか。
    (桝井幸子)

みんなで考えよう。

 三番瀬の生き物を飼ってみましょう。そして、じっくりと生き物の様子を観察してみましょう。観察はグループでやったほうがずっと楽しいと思います。一人では見過ごしてしまうことも、複数の目で見ると発見できる可能性が高くなります。また、発見の喜びも倍加するのではないでしょうか。

  • 呼吸はどうしているのでしょうか?
  • 餌は何を、どのように食べているのでしょうか?
  • 繁殖はどのようでしょうか?
  • 種内・種間関係はどうなっていますか?