めがねばし

27 めがね橋


白浜町

交通関係・道路・人道橋
全長28.34m,幅員3.94m
1888(明治21)年

安房郡白浜町の長尾川に架かる3連の石積み上路アーチ橋である。延長28.34m,幅員3.94mで1888(明治21)年に架設されている。最大径間は,中央部の6.95mである。

長尾村誌によると,1888(明治21)年3月に地元の石工と大工が協力し,地元民の寄付によりつくられたとされる1)。石工は地元の森善九郎といわれ,1920(大正9)年に70歳で没している2)。架橋以前は,「この地点を徒歩せるなりき」と記録されているので,以前は長尾川に橋はなく,徒歩で川を渡っていたと推測される。1917(大正6)年の長尾川の大洪水,1923(大正12)年の関東大震災にも耐えた頑丈な橋である。また,戦時中は戦車が通ったという記録も残っている。

石積みは切石の布積みで,橋脚部には大きな水制工(水切り)がついている。その姿は,鹿児島県の甲突川にかかる五大石橋のひとつの玉江橋にも似ている。切石は,主にみずるめ石を使用しているようである。みずるめ石は,めがね橋より南南東方向に約900m離れた海岸端に「みずるめ」という石切場があり,そこから採掘された石である3)。

親柱は,1m以上もあるものが4カ所に設けられており,その側には袖柱も同様に4本設置されている。袖柱には,それぞれ「--尾橋」(右岸上流),「ながをばし」(左岸上流),「紀元貳千五百四拾八年築之」(右岸下流),「明治貳拾壹年三月」(左岸下流)と刻まれている。

三連のめがね橋は全国的にも少なく,関東では白浜町だけにしかないということから,白浜町は1978(昭和53)年に町文化財に指定,自動車の通行を禁止し,1989(平成元)年には県の有形文化財としての指定を受けた4)。その後,1995(平成7)年までに護岸や橋詰め広場を含め,大幅な保存整備工事が施されている。

また,橋詰め広場に設けられた案内板にも「めがね橋」と記されているが,袖柱には「ながをばし」と刻まれており,本来の橋梁名は「めがねばし」ではなく,「ながをばし」である。

(小早川 悟)

地形図 「布良」 「白浜」(略)

27-1 めがね橋の石積み (1997年) 写真27-2 親柱と袖柱 (1997年)
写真27-3 整備された護岸 (1997年) 写真27-4 めがね橋上流側 (1997年)
写真27-5 めがね橋下流側 (1997年)

参考文献

1) 奥富敬之:安房白濱町近代史料集1 長尾村誌(上),白浜町役場,1990年
2) 前田正彦:眼鏡橋,岩波ブックサービスセンター,1992年
3) 財団法人文化財建造物保存技術協会:県指定有形文化財めがね橋保存整備工事報告書,白浜町,1996年
4) 千葉県協会:めがね橋,月刊建設,1991年


Back
Home
Up
Next