1.石灰岩生地衣類って何?

石灰岩生地衣類とは?

石灰岩の主成分の炭酸カルシウムは,水に濡れると溶けだしてきます.岩の表面に密着して暮らす地衣類は,その影響を直接受けるため,他の岩の上には見られない地衣類が石灰岩上には見られることになります.それが石灰岩生地衣類です.更に,石灰岩上に生える蘚苔類の群落上や,石灰岩の周りの土も,炭酸カルシウムの影響が強いため,やはり特殊な地衣類が生育することになります.これらも石灰岩生地衣類として扱います.

rock
石灰岩生地衣類の代表
(1)ラン藻地衣 cyanolichen

石灰岩生地衣類には,黒っぽい種類が多く,これらはラン藻(シアノバクテリア)を共生藻とするラン藻地衣です.主なグループは次の2つです.

 ・イワノリ科 Collemataceae

 ・ツブノリ科 Lichinaceae

この他には,クロサビゴケ科 Placynthiaceae のクロサビゴケ Placynthium nigrum が石灰岩上に見られます.

collemataceae

(左)イワノリ科の

ウスバイシバイイワノリ

Lathagrium latzelii

 

(右)ツブノリ科の

ヤブレガサゴケ

Paulia japonica

Lichinaceae
(2)アナイボゴケ科 Verrucariaceae
石灰岩生地衣類の中でも,ラン藻地衣以外(つまり緑藻を共生藻とする)で種数が多いのはアナイボゴケ科です.被子器を作ります.日本産の葉状(下左)と鱗片状(下右)の属の分類は明らかにされているので,このコンテンツで詳しく種を紹介します.研究が進んでいない痂状の属については,研究成果が公表されてから掲載していく予定です.
foliose=

(左)アナイボゴケ科の

葉状のカワイワタケ

Dermatocarpon miniatum

 

(右)アナイボゴケ科の

鱗片状のクロミゴケ

Scleropyrenium japonicum

squamulose
(3)その他

ラン藻地衣とアナイボゴケ科以外にも,幾つかのグループの地衣類が,石灰岩生として知られています.サラゴケ科 Gyalectaceae のサラゴケ属 Gyalecta,所属不明の(サラゴケ科に入れられていたことがある)ヒメサラゴケ属 Petractis,カラタチゴケ科 Ramalinaceae のフジカワゴケToninia tristis subsp. fujikawae,などです.

 
石灰岩生地衣類の危機
限られた生育地

石灰岩生地衣類のほとんどの種は,石灰岩(あるいはその周辺の土や蘚苔類上)でしか,見つかりません.それ以外の場所では生育できないのだろうと考えられます.しかもその石灰岩は,日本国内では限られた場所にしか産しないため,もともと石灰岩生の種は「珍しい」ということになります.

 では,石灰岩があれば,どんな石灰岩生地衣類も生育できるのかというと,そういうわけではありません.石灰岩の日当たりの良い箇所には,あまり地衣類は生育しません.周りに生える樹木によって半日陰になるような場所に比較的多いようです.また,そのような中でも比較的乾燥を好み山頂付近にしか見られない種,反対に,比較的湿った場所を好み麓や谷に多いものもあるようです.いずれにせよ地衣類は一般に生長が遅いこともあって,長年にわたって環境が安定していることも重要です.

placy=

(左)石灰岩に直接生える

クロサビゴケ

Placynthium nigrum

 

(右)蘚苔類(緑色)上に生育し

青みがかった

ヒメトサカノリ

Scytinium lichenoides

squamulose
 日本から知られている石灰岩生地衣類には,北半球に広く分布する種もある一方で,日本でしか見つかっていない種もあります.日本の石灰岩生地衣類の研究はまだ十分に進んでいませんし,まだ地衣類が調査されていない石灰岩地も多いので,未発見の種が多く残されているかもしれません.
placy=

(左)北半球に広く分布する

アカツブノリ

Synalissa symphorea

 

(右)日本でしか見つかっていない

クロミゴケ

Scleropyrenium japonicum

squamulose
狭まる生育地

石灰岩生地衣類の調査研究が十分に進んでいない一方で,大きく変容している石灰岩地もあります.それは,セメント材料などにするため,石灰石を大量に採掘しているからです.石灰石鉱業協会(※1)によると,国内に200以上の石灰石鉱山が稼働し年間に約1億4千万トンが採掘されているとのことです.関東地方で有名なのは埼玉県の武甲山で,山頂部が大きく削り取られており,他の鉱山でも同様の形になった山もあるようです.また高知県の鳥形山は元は標高1459m だったのですが,採掘によって山頂部は真っ平になり200m程低くなったようです.四国の山を知り尽くした植物学者の山中二男によると,鳥形山(とりがたやま)は四国西部では最も植物相が豊かな山だったとされますが(※2),地衣類については調査されぬまま山頂部が消えたことになります.

 消えた石灰岩の山や露頭にどんな地衣類が生育していたかを今となっては知る術もありませんが,採掘されていない石灰岩地については,地衣類の調査研究を急がなくてはなりません.

※1)https://www.limestone.gr.jp/index.htm(2022.7.25 閲覧)

※2)山中二男,1972/四国地方の石灰岩地植生,/ 高知大学学術研究報告20巻,自然科学2号, 13-94.

石灰岩地における地衣類調査

原田が学位論文の研究対象としていたアナイボゴケ科は,石灰岩地に種数が多いだろうと予想されていました.そこで,北海道から九州まで,全国各地の(といってもごく一部ですが)石灰岩地で調査をしました.その結果,新属新種として記載したScleropyrenium japonicum H.Harada(写真右)(※1)等も見つけました.調査では,アナイボゴケ科に限らず,様々な地衣類を採集しましたので,その時の標本をこのコンテンツでは活用しています.

※1)Harada H. 1993/ A taxonomic study on Dermatocarpon and its allied genera (Lichenes, Verrucariaceae) in Japan. / Nat. Hist. Res. 2(2):113-152.

rock