いすみてつどうおおたきえき

49 いすみ鉄道大多喜駅


大多喜町

鉄道・交通関係・駅舎

1933(昭和8)年

いすみ鉄道は,,JR東日本から分離された木原線(大原〜上総中野間26.8km)を引き継ぎ,1988(昭和63)年に第三セクター方式の会社として営業を開始した。

木原線の名称は木更津〜大原間を結んで房総半島を横断する計画による。1930(昭和5)年に大原〜大多喜,1933(昭和8)年に大多喜〜上総中野が開通したが,久留里線と結ぶ半島横断の計画は1934(昭和9)年に中止される。

木原線開通前の大原〜大多喜間の交通は,1899(明治32)年に大原に鉄道が敷設されると大原をターミナルにして,人間が客車を押す県営の人車鉄道,その後民営の軽便鉄道(ガソリンカー)が運行されていた1)。

1933(昭和8)年の木原線開業以降もガソリンカーやレールバスが運行されたり,近隣で産出される天然ガスを燃料に使用した時期もあった。

いすみ鉄道の13駅のうち,1933(昭和8)年までに建設され,駅舎・ホーム等が現存するのは国吉・上総中川・大多喜・総元・中野の6駅である。

いすみ鉄道本社の置かれる大多喜駅舎は1988(昭和63)年の開業に合わせて正面左側が増築され,駅舎全体も大幅な改修を受けている。(写真49-1)ホーム・その他設備が当時のまま使用されている(写真49-2)。

また,駅舎と線路は大多喜城の堀の一部を横断して設置されたことが分かっている2)。

古い城下町が鉄道を核にして再開発を目指していった様子がうかがえて興味深い。

いすみ鉄道で駅舎が創建当時のままで現存するのは,上総東駅である。駅舎は1929(昭和4)年の築で,1952(昭和27)年,無人化に伴い民間に払い下げられた。現在は商店の倉庫として使用されている。(写真49-3)

現在,いすみ鉄道は1日に上下23本が運転され,1日の平均乗車人員は670人。通勤通学に地域住民の貴重な交通手段となっている3)。

(齊藤 望)

地形図 「大多喜」(略)

写真49-1 大多喜駅舎全景(1997年) 写真49-2 大多喜駅ホーム(1997年)
写真49-3 旧上総東駅舎 (1997年)

参考文献

1) 県立総南博物館:総南の交通,1979年
2) 日本工業大学研究報告:大多喜城の復元的考察,1975年
3) 千葉県企画部交通計画課:千葉県の鉄道・バス,1996年
4) 大多喜町史編さん委員会:大多喜町史,大多喜町,1991年


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