タイプ標本って何?
◆新種とは?

これまでに発表されたいずれの種とも異なる種をみつけた時に,それをよく新種と呼びますが,その時点では正式な新種とは言えません.決められた手続きに則り発表して初めて正式に新種が発表されたとみなされるのです.そのルールを定めたのが,植物や菌類,藻類の場合には,「国際藻類・菌類・植物命名規約」(”International Code of Nomenclature for Algae, Fungi, and Plants”)[以前は「国際植物命名規約」(International Code of Botanical Nomenclature)と呼ばれていた]であり,動物では「国際動物命名規約」です.地衣類は,菌類の仲間であるため,前者に従うことになります.

◆新種を発表する
地衣類の新種を発表するには,専門の学術雑誌等への掲載が必要となります.つまり論文にまとめ,発表します.この時,新しい学名を作り,基準となるタイプ標本を指定し,特徴を示す(記載,図)ことなどが求められます.特にこの記載は,原記載と呼ばれます.タイプ標本は,個人の所有ではなく,恒久的な標本庫(博物館の場合には,収蔵庫がこれにあたる)に収蔵されることも要件となります.原則としてタイプ標本は1点のみで,ホロタイプ(holotype)と呼ばれます.
◆タイプ標本は「お宝」

つまりタイプ標本は,その新種の基準として,世界で唯一の,最も重要な標本であり,他では替えることができません.いわゆる,「お宝」です.文化財における国宝や重要文化財が貴重であることは誰もが知るところですが,自然誌においてはタイプ標本は同様に重要で,世界の「お宝」と言ってもよいでしょう.

分類学者の間では,標本庫はタイプ標本を収蔵して初めて一人前(?)とみなす傾向があり,どれだけ多くのタイプ標本を収蔵しているかが,その標本庫の学術的な重要性の目安の一つになっています.社会の財産であるタイプ標本を収蔵することは,公共の博物館の大事な使命と考えられています.

◆タイプ標本:ホロタイプとアイソタイプ

原則としてタイプ標本は1点のみのホロタイプ(holotype)と言いましたが,例外もあります.地衣類の場合には,標本を分割し重複標本(デュプリケートと呼ばれることが多い)を作ることが可能ですが,そのような標本をタイプ標本に指定した場合には,1点のみをホロタイプとし,他はアイソタイプ(isotype)と呼ばれます.

学名のルールブックである命名規約が定期的に改訂されるのに伴い,タイプ標本の指定に関するルールも変化してきました.このため,古い時代に発表された新種では,複数の標本をタイプ標本としたり,タイプ標本を指定しないものなど,現在とは異なる様々な発表例があったのです.それらの場合には,タイプ標本はホロタイプとは呼ばれず,別の名称で呼ばれます.これらについては,以下のリンク先に,簡単にまとめてあります.

※ここで紹介するのは,地衣類も扱われている「国際藻類・菌類・植物命名規約」によって定められたもので,動物では別の名称が用いられます.

「タイプ標本の種類」へ
◆タイプ標本の公開

博物館が収蔵するタイプ標本を一般に公開する方法として,まず思い出すのは展示でしょう.しかし,地衣類の標本は,たとえ短期間であっても,展示室の光により著しく退色し,学術的な価値を損なう可能性もでてきます.このため,これに代わる方法として,写真を撮影し,本コンテンツにおいて,ウェブ上で公開することとしました.

(執筆:原田浩,2021)