第9章 海はだれのもの? −漁業権の意味するところ−



海はいったい誰のものでしょうか。

海はみんなのもの

 海は誰の所有物でもない「公共用物」です。「公共用物」とは、直接に公共の福祉の維持増進を目的として、人々の共同使用に供されるもので、道路、公園、河川、湖沼、海浜などがこれにあたります。
 海はみんなのものであり、すべての国民が自由に海を利用できるのです。
 1875年(明治8年)に明治政府は、「海面はすべて官有(国有)である」という太政官布告を出しました。ところが、これにより漁業界が大混乱したため、政府は翌1876年(明治9年)に「漁業取締りはなるべく従来の慣習に従う」という太政官の通達を出し、海面官有宣言を事実上撤回しました。
 また、1986年(昭和61年)12月16日の愛知県田原湾干潟訴訟の最高裁判決では「海は古来より自然のままで一般公衆の共同使用に供されてきたところのいわゆる公共用物であって、国の直接の公共的支配管理に服し、特定人による排他的支配の許されないもの」とされました。
 だれでも自由に、海で釣りをしたり、ダイビングやサーフィンなどのマリンスポーツを楽しんだりできることになっています。
 しかし、海には、そこで生計を立てている漁業者がいます。また、漁業協同組合(漁協)が存在します。そして、漁業者が漁業を営む権利としての漁業権が存在します。
 海を埋め立てようとする場合には、公有水面埋立法(大正10年法律57号)という法律により、漁業権者など関係者の同意を得て、都道府県知事から埋立免許を受けて、漁業権者などに補償をして、埋立工事を行うことになります。そして、埋立地ができたら、都道府県知事から竣功認可を受けて埋立地の土地所有権を取得することになります。

漁業権とは

 漁業権は、漁業法(昭和24年法律267号)という法律に規定されていて、特定の水面において特定の漁業を営む権利であって、知事の免許によって設定されますが、土地の所有権のように、一定の水面を排他的に支配する権利ではありません。
 水面があって、そこに魚や貝がいる場合、これをとって生活することは、人類が誕生して以来、海辺に住む人々が自由に行ってきたことです。これを理由なく国が規制してよいという理由はありません。本来、漁業はすべて自由漁業で、誰もが自由に行えるものです。
 しかし、あらゆる漁業を自由に認めていたら、漁業によっては、水面を独占してしまったり、乱獲につながったりしてしまいます。そこで、漁場を総合的に利用して全体の漁業生産力を高めるために調整が必要となります。
 この調整の一つが漁業法による漁業権の設定です。
 漁業権には、定置漁業権、区画漁業権及び共同漁業権があり、それぞれ「定置漁業権」とは定置漁業(漁具を定置して営む漁業)を営む権利、「区画漁業権」とは区画漁業(養殖業)を営む権利、「共同漁業権」とは共同漁業を営む権利とされています。
 共同漁業権、特定区画漁業権(海藻や貝類などの養殖を営む区画漁業権)などは、漁協に免許され、定置漁業権は、個人漁業者(あるいは共同経営組織)に免許されます。
 現在、三番瀬には3つの漁協があります。市川市行徳漁業協同組合、南行徳漁業協同組合と船橋市漁業協同組合です。
 3つの漁協には、下表のように、あさりなどの貝類を取る漁業権(共同漁業権)と海苔養殖を行う漁業権(区画漁業権)が免許されています。

市川市行徳漁業協同組合、南行徳漁業協同組合
  •  共同漁業権(あさり等、うなぎ):共有、10年
  •  短期共同漁業権(あさり等、うなぎ):共有、1年
  •  区画漁業権(のり):単独、5年
  •  短期区画漁業権(のり):共有、単独、1年
船橋市漁業協同組合
  •  短期共同漁業権(あさり等、うなぎ、雑魚):単独、1年
  •  短期区画漁業権(のり):単独、1年


 漁協は、漁業者の協同組織として、販売事業・購買事業等の経済事業及び共済・信用事業等の実施を通じた水産業の振興及び組合員の福祉の向上、漁業権の管理を中心とした資源や漁場の管理、水産業を核とする漁村地域の活性化等の広範な役割を果たしており、我が国漁業・漁村の発展に大きく寄与している水産業協同組合法に基づく法人です。
 漁業権は法人である漁協に免許されますが、漁業を営む権利は漁業者が持っています。
 これは、組合員であり、かつ漁業権行使規則に定める資格に該当する者が、漁業を営む権利を持つとされていることから明らかです。(漁業法第8条)
 なお、漁業権行使規則は漁業権に関係する地区に住む組合員集団がその3分の2以上の書面同意を得て決めることになっています。
 漁業権が免許されると、物権とみなされます。それゆえ、漁業権には漁業の利益実現の保護のための妨害排除請求権、妨害予防請求権(漁業を営むことに対して、妨害されたり、邪魔されそうになれば、その行為をやめさせることができる権利)が認められ、また抵当権を設定することができたり、土地収用法が適用されたりします。

漁業権(共同漁業権)は「海の入会権的権利」

 入会権とは、村落等一定の地域に住む住民集団(入会集団)が、集団として山林原野・漁場・用水等を管理支配する権利(「山の入会」、「海の入会」、「川の入会」などと言われることもあります。)、で、江戸時代ごろに形成され、現代まで続いています。
 住民各自は、集団の統制下で土地等を使用・収益・処分する権利は持ちますが、この土地等の分割を請求することも、自由に売買することもできないとされています。
 したがって、入会権を放棄するには、入会権者(入会集団を構成する住民)全員の同意が必要とされています。
 「山の入会」については、民法で「入会権」とされ、「入会権は慣習に従う」と規定されました。(民法第263条及び第294条) なお、入会権に関する慣習は法律と同一の効力を持つとされています。(法例第2条)
「海の入会」については、日本の漁村には、すでに江戸時代から、現在の漁業権や入漁権の原型が出来上がっていました。それは、漁業が産業とされるようになった江戸時代に、最初は自由に漁場を利用していましたが、漁業が発達し漁民の数が増加するにつれて次第にどの漁場はどの部落の者が利用するという関係が決まってきたからです。

 そして、漁村の住民(漁民集団)が、地先の漁場を「一村専用漁場」と呼び、その海面を所持し、管理し、漁村の構成員である漁民各自は、そこで採貝や採草や魚の採捕ができるという漁業慣行が成り立っていました。
 これが、漁村が漁民集団として漁場を管理し、漁民各自が漁業を営むという「海の入会」です。そして、この「海の入会」の一部が明治時代になり漁業法で漁業権として規定されたのです。規定されていないことは依然として慣習に任せています。
 漁業権のうち共同漁業権は、「海の入会」の系譜を引く権利で、入会権そのものではありませんが、入会権的権利といわれています。
 共同漁業権は漁協に免許されますが、漁協はこの漁業権を管理するだけで自らは漁業を営まず、関係地区に住む組合員が共同漁業を営む権利を持つことになります。(漁業法第8条)
 また、関係地区に住む漁民(関係漁民)であって漁協の組合員でない者も共同漁業を営むことができると解されています。(漁業法第14条第11項)それは、そのような漁民も慣習に基づく入会権的権利を持っているので共同漁業を営むことはできるのです。関係漁民は漁協に属する・属さないに関係なく共同漁業権を持っているということです。
 一つの漁民集団(関係地区)が一つの漁協を構成していた当時は、漁協の組合員集団と漁民集団は一致していましたが、漁協合併が行われるようになると、両者は一致しなくなります。
 漁業権は入会権的権利ですので、もし仮に漁業権を放棄しようとするときには、漁協の同意ではなく、関係漁民の同意、しかも関係漁民集団全員の同意が必要と考えられます。
 しかし、最高裁判所は、平成元年7月13日の判決で、共同漁業権は入会漁業権とはその性質を全く異にするものであって、共同漁業権は漁協に帰属し、組合員は漁協の構成員として漁業を営む権利を行使することができるとして、組合員全員の同意は必要ないとしています。なお、この判決には、批判が少なくありません。

(参考) 漁業権の種類

(1) 共同漁業権(共同漁業を営む権利。第一種から第五種の五種類)
    漁業協同組合員が共同に漁場を利用して営む漁業権
    第1種:定着性の貝,海藻類等アサリ,ハマグリ,アワビ,サザエ,イセエビ,ワカメ,ヒジキ他)
    第2種:固定式さし網,小型定置,すだて
    第3種:地引網

(2) 区画漁業権(養殖業を営む権利)
    第1種:のり養殖,わかめ養殖,魚類小割式養殖,あおのり養殖
    第2種:築堤式養殖

(3) 定置漁業権(定置漁業を営む権利)
    水深27m以上の場所に設置される定置網を営む漁業権
「入漁権」:漁業権が設定されている漁場に、他地区の漁民が、昔からの慣習に基づき地元漁民たちの了解をえて入域して漁業を行うことのできる権利

海を守る人たち

海の利用をめぐり、漁業者と遊漁船業者やマリンレジャー等を楽しもうとする人々の間でトラブルも起こっています。
誰のものでもない海を利用するとき、誰が利用や管理の調整をするのでしょうか。
漁業権には、海の資源維持や環境保全という「海を守る」効用があります。
漁民集団は、資源の枯渇を防ぎ、持続的な利用を図るためのルールを自分たちの自治で決めてきました。この漁業権の入会権的性格のおかげで環境保全が図られてきたという側面にも注目すべきです。
「海を守る」ことは、漁村、漁業者の果たすべき役割であり、過去において現に果たしてきた役割です。この役割を再認識し、海という自然環境を利用・管理し、より良い海の環境を維持していくことが必要です。
(内山真義)

参考資料
    熊本一規(2000)公共事業はどこが間違っているのか? まな出版企画

みんなで考えよう。
  • 海岸を歩いていると、その地域の漁業協同組合名で漁港や海面への立ち入りや採貝を禁止している立て看板を目にします。さらに、遊漁の釣りやダイビングなどマリンレジャーを楽しもうとする人たちが、漁業協同組合などの了解を得たり、一定の料金を支払ったりします。これはなぜなのか詳しく調べてみましょう。
  • 三番瀬周辺の住民(自治会、町内会)、企業、学校、漁業協同組合、行政などは、三番瀬についてどう考えているのか調べてみましょう。
  • 海の良好な環境や資源を適正に守っていくためには、どうしたらよいのかみんなで考えて見ましょう。