穏やかに刻まれる波音、ゆったりと空高く輪を描いてピーヒョロロロと鳴き交わすトビ、
のぞき眼鏡で海中を探る漁師を乗せタプタプと漂う小舟、
松のこずえを吹く風になる松籟(しょうらい)、浜辺をいく人々の声…
これらは私が中学・高校生の頃、2月初めの入試休みにひとり、
神奈川県三浦郡葉山町森戸海岸で聞いた音です。
40年たっても鮮やかによみがえる音風景は、私の大切な場所の音の記憶です。
個人的な音の記憶であったため、だれかに話したことはおそらくありません。
今になると、この記憶は地域の自然と歴史と文化をはらんだ昔の風景であり、
40年後の今、同じ場所で聞くものとは違うのです。
自然も人々の生き方も不変ではありません。
同じ場所の音環境でも、音の種類や響き方が移り変わります。
昔と今そして未来には、私たちが心の中で響かせる音風景も変わるでしょう。