第9回 浮世絵「鎧の渡し小網町」

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 「名所江戸百景」は江戸時代後期の浮世絵師歌川(安藤)広重(1797〜1858)の晩年の風景版画シリーズで、「東海道五拾三次」と並ぶ彼の代表作である。安政3年(1856)から5年にかけて出版され、総数は2代広重の作品1枚を加えて119枚になる。日本橋、神田、霞ヶ関、上野など江戸中心部の他に国府台(=こうのだい 千葉県市川市)、井の頭(東京都三鷹市)といった近郊の風景も題材としている。
  今回紹介する「鎧の渡し小網町」(よろいのわたしこあみちょう)はこのシリーズの1つで、江戸中心部渡し場の様子を表した作品である。傘をさす町娘の後ろ姿、その対岸にはすき間無く建ち並ぶ廻送問屋の土蔵群、行き交う荷船の間をぬう渡し船と空を飛び回るツバメたち。広重はこれら静と動を巧みに織りまぜながら江戸情緒を表現しており、藍を基調とした着彩法は潤いのある落ち着いた雰囲気をただよわせている。
  鎧の渡しは現在の中央区日本橋小網町の日本橋川に架かる鎧橋付近にあった渡船場である。源義家が奥州攻めに向かう途中この地で暴風雨に襲われ、鎧を水中に投げ入れて竜神に祈ったところ無事に渡ることができた。以来ここを鎧の淵といった。当時この界隈は行徳河岸(下総行徳への船の発着場であったことからこの名が付いた)として賑わいを見せていたことは作品中の土蔵や荷船から想像できよう。
  明治5年に鎧橋が架けられて渡し船は廃止された。今はこの橋の上を首都高速が覆うように走っている。付近には東京証券取引所があり、我が国の証券・金融市場の中心地となっている。

(学芸課 島田 洋)


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