企画展
平成11年1月26日(火)から2月28日(日)まで開催されました。


大地からの叫び
〜関宿周辺の原始・古代を探る〜
 古来より人々は、川や海をはじめとする周囲の自然と
深く関わってきました。文字のない時代には、その生活
の記録を残すことはできませんでしたが、生活の痕跡や
当時の道具は私たちに当時の様子を物語ってくれます。
  この企画展では、関宿周辺の原始・古代の生活と環境
にスポットをあてて、周辺市町村から出土した考古遺物
を一堂に集めて展示しました。

1 いつから人が住み始めたか〜旧石器時代〜 2 関宿周辺が海だった頃〜縄文時代〜 
3 少ない遺跡が語るもの〜弥生時代〜 4 この地方に開発が始まった〜古墳時代 
5 地方の暮らし〜奈良・平安時代〜
展示資料一覧  展示協力者

なぜ遺跡は地下に埋もれたか?
 あまりにも素朴な疑問ですが、考えてみれば不思議なことですね。
  赤土と呼ばれる関東ローム層は、約1万年前までに積もった火山灰の層です。旧石器時代の遺跡は赤土の中から発見されます。この時代は火山活動が活発で、何万年もの長い時間を経て遺跡は火山灰に埋もれたのです。
  一方、古墳時代の集落跡である群馬県子持(こもち)村黒井峯遺跡は榛名山(はるなさん)の噴火により、きわめて短い時間に埋もれてしまいました。火山から遠く離れてる関宿周辺の遺跡は、火山灰ばかりでなく風で運ばれた土砂などが積み重なって埋もれたものが多いです。
  このように遺跡が地下に埋もれたからこそ当時の歴史の足跡を現代の私たちが知ることができるのです。 


1 いつから人が住み始めたか
〜旧石器時代〜
 今から1万年前までに降り積もった火山灰である関東ローム層に埋もれた時代が旧石器時代です。
  最後の氷河期であるビュルム氷河期は約7万年前に始まり、約2万年前には最も寒い時期を迎えました。南極・北極の氷となった水分が集まったため、海水面が低下し、大陸からマンモスなどが日本に渡ってきました。当時の関東地方の気温は、現在の標高1,000m付近と同じだったようです。
  関宿周辺で見つかった最も古い石器は、庄和町風早遺跡の局部磨製石斧で、出土した層位から3万年近く前のものと考えられます。関宿周辺でもこの頃から人々の生活が始まっていました。

流山市上貝塚貝塚出土槍先形尖頭器
(旧石器時代)


2 関宿周辺が海だった頃
〜縄文時代〜
 今から約1万年前に土器作りが始まりました。作られた土器の多くに縄
目の文様が付けられているので、この時代を縄文時代と呼びます。
  縄文時代は約8,000年にわたって続きましたが、今から約6,000年前は
とても温暖な時期を迎え、海面が上昇しました。
  現在の江戸川に面する台地上には多くの貝塚があり、ハマグリやアサ
リ、シオフキなどの貝類が多く見られます。貝塚の分布を調べると当時の
海岸線がわかります。栃木県南部の藤岡町にも当時の貝塚があるので、
この付近まで海水が入り込んでいたと考えられています。

関宿町飯塚貝塚出土縄文土器


3 少ない遺跡が語るもの
〜弥生時代〜
 弥生時代は紀元前3世紀頃から紀元後3世紀頃までの約600年間続き
ました。この時代の特色は稲作が始まったことだといわれます。
  千葉県では、弥生時代中期前半以前の集落はまだ見つかっておらず、
弥生文化の到達は中期の中頃になってからのことと考えられています。
その後千葉県では市原市付近や印旛沼周辺を中心に弥生時代の集落が
増えていきますが、関宿周辺の弥生時代遺跡は、野田市勢至久保遺跡・
西山遺跡などで、多くはありません。少ない遺跡数は、この付近が稲作に
適した環境でなかったことを物語っているのかもしれません。

野田市勢至久保遺跡出土弥生土器


4 この地方に開発が始まった
〜古墳時代〜
 古墳時代は3世紀後半から7世紀終末までの約400年間です。この時代
には大規模な土木工事によって古墳が造られました。
  古墳は、開発などの指導的立場にあった有力者の墓です。そして有力者
が死後もその支配力を誇示するために造られたもので、古墳の大きさや副
葬品から、葬られた人や古墳を造った集団の性格がわかるのです。
  関宿周辺の低地の環境は、弥生時代と同じように数々の沼沢地を残す湿
地だったと考えられます。これらの湿地を開発したり河川・湖沼の交通権を
握ることがその地域を支配することでした。

境町百戸ふき山古墳出土馬形埴輪


5 地方の暮らし
〜奈良・平安時代〜

 大宝元年(701)に大宝律令という法律が制定され、本格的な中央集権国
家が誕生することになります。
  京都の平安京における貴族の暮らしぶりは「源氏物語絵巻」などでその華
やかさが伝わってきますが、地方の暮らしぶりはそれ以前の時代と大きく異
なるものではありませんでした。人々は平安時代に至っても竪穴式住居に住
み、農耕を行うとともに近くの川では漁労も行われていました。
  流山市東深井中ノ坪遺跡では8世紀前半の製鉄炉が見つかっており、比較
的早くから鉄作りが始まっていました。

流山市町畑遺跡出土穂摘具(手鎌)


展示資料一覧

旧石器時代
・局部磨製石斧/庄和町風早遺跡(庄和町教育委員会) ・剥片/庄和町風早遺跡(庄和町教育委員会) ・ナイフ形石器と剥片/庄和町風早遺跡(庄和町教育委員会) ・槍先形尖頭器削器剥片/流山市上貝塚貝塚(千葉県文化財センター) ・ナイフ形石器尖頭器削器/流山市桐ヶ谷新田遺跡(流山市立博物館)
縄文時代
・魚骨/流山市上新宿貝塚(流山市教育委員会) ・石錘/五霞町石畑遺跡(五霞町教育委員会) ・釣針/庄和町犬塚遺跡(庄和町教育委員会) ・貝刃/庄和町犬塚遺跡(庄和町教育委員会) ・貝類/流山市上新宿貝塚(流山市教育委員会) ・イノシシ頭部骨/流山市日暮第1遺跡(流山市教育委員会) ・鹿角/流山市上新宿貝塚(流山市教育委員会) ・石鏃と石匙/関宿町飯塚貝塚(県立房総風土記の丘) ・深鉢形土器/関宿町飯塚貝塚(県立房総風土記の丘)/庄和町風早遺跡(庄和町教育委員会) ・磨製石斧打製石斧磨石石皿/関宿町飯塚貝塚(県立房総風土記の丘) ・遮光器土偶/猿島町生子新田遺跡(猿島町立沓掛小学校) ・土偶/猿島町生子新田遺跡(猿島町立沓掛小学校)/五霞町冬木貝塚(五霞町教育委員会) ・石剣/総和町釈迦才仏遺跡(総和町教育委員会)/猿島町神明遺跡(猿島町教育委員会) ・みみずく土偶/総和町思案橋遺跡(総和町教育委員会) ・耳飾/総和町釈迦才仏遺跡(総和町教育委員会)/五霞町石畑遺跡(五霞町教育委員会) ・貝輪/五霞町冬木貝塚(五霞町教育委員会) ・土偶土版どっこ石/関宿町内町貝塚(関宿町教育委員会) ・土製円盤/関宿町内町貝塚(関宿町教育委員会) ・石棒/関宿町内町貝塚(関宿町教育委員会) ・台付鉢/猿島町神明遺跡(猿島町教育委員会) ・注口土器/猿島町神明遺跡(猿島町教育委員会)
弥生時代
・壺形土器/野田市勢至久保遺跡(野田市郷土博物館)/境町伏木(境町歴史民俗資料館) ・甕形土器/野田市西山遺跡(野田市教育委員会) ・偏平片刃石斧/流山市加村台遺跡(流山市立博物館)
古墳時代
・朝顔形埴輪/杉戸町目沼7号墳(杉戸町教育委員会) ・円筒埴輪/杉戸町目沼7号墳(杉戸町教育委員会) ・人物埴輪/杉戸町目沼古墳群 ・須恵器短頸壺/杉戸町目沼古墳群(杉戸町教育委員会) ・鈴杏葉/杉戸町目沼9号墳(埼玉県立博物館) ・勾玉管玉/岩井市上出島2号墳(岩井市教育委員会) ・壺形埴輪/岩井市上出島2号墳(岩井市教育委員会) ・鉄鏃鉄剣/岩井市上出島2号墳(岩井市教育委員会) ・円筒埴輪/境町毘沙門塚古墳(境町歴史民俗資料館)/関宿町関宿城跡(当館) ・馬形埴輪/境町百戸ふき山古墳(境町歴史民俗資料館) ・臼玉/野田市丸山遺跡(野田市教育委員会) ・剣形品有孔石製品/野田市丸山遺跡(野田市教育委員会) ・石製模造品未製品/庄和町尾ヶ崎遺跡(庄和町教育委員会) ・子持勾玉/総和町向坪B遺跡(総和町教育委員会) ・勾玉/総和町向坪B遺跡(総和町教育委員会) ・石製紡錘車/野田市丸山遺跡(野田市教育委員会) ・土鈴/流山市三輪野山第2遺跡(千葉県文化財センター) ・子持勾玉/流山市三輪野山第2遺跡(千葉県文化財センター) ・二連壺/野田市丸山遺跡(野田市教育委員会) ・壺形土器/関宿町飯塚貝塚(県立房総風土記の丘) ・台付甕/関宿町飯塚貝塚(県立房総風土記の丘) ・甕甑/関宿町飯塚貝塚(県立房総風土記の丘) ・器台坩高杯/関宿町飯塚貝塚(県立房総風土記の丘)
奈良・平安時代
・土錘/流山市町畑遺跡(流山市教育委員会) ・土製紡錘車/野田市西山遺跡(野田市教育委員会) ・甕土師器杯甑/流山市町畑遺跡(流山市教育委員会) ・宝相華文軒先瓦/庄和町貝の内遺跡(庄和町教育委員会) ・鉄滓/流山市中ノ坪第2遺跡(流山市立博物館) ・羽口/流山市町畑遺跡(流山市教育委員会) ・鋤先/流山市加村台遺跡(流山市教育委員会) ・手鎌/流山市町畑遺跡(流山市教育委員会) ・鎌/流山市町畑遺跡(流山市教育委員会) 


展示協力者

機関(五十音順)
千葉県
財団法人千葉県文化財センター 関宿町教育委員会 千葉県立房総風土記の丘 流山市教育委員会 流山市立博物館 野田市教育委員会 野田市郷土博物館
茨城県
岩井市教育委員会 五霞町教育委員会 境町歴史民俗資料館 猿島町立沓掛小学校 猿島町立資料館 猿島町教育委員会 総和町教育委員会
埼玉県
埼玉県教育委員会 埼玉県立博物館 庄和町教育委員会 杉戸町教育委員会

個人(五十音順 敬称略)

秋葉宏 新井浩 飯塚博和 石井穂 石岡憲雄 猪股寛 臼井公宏 大内千年 岡野宏太郎 落合章雄 小野寺祥一 加藤修司 金澤文雄 金山喜昭 川根正教 郷堀英司 小林靖 島村薫 清藤一順 高橋修一 中村正己 鳴田浩司 長谷川浩一 林一之 星野保則 増崎勝仁

 


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