関宿藩について



久世(くぜ)鷹の羽の紋について
  この紋は、江戸時代に関宿藩主であった久世(くぜ)氏の家紋です。久世氏は12代久世廣之(1669年)から23代廣業(1869年)の明治の廃藩置県に至るまでの間10代(2代は牧野氏)にわたり藩主を務めました。この紋が「久世鷹の羽」と呼ばれ、丸に並び鷹の羽に斑点のあるのが特徴です。
鷹の羽紋--鷹は武威のしるしとして武将の間に好まれました。鷹紋は日本ではもっとも多用され多くのパターンを生みましたが、そのほとんどは実形ではなく、羽をもってシンボライズしています。



  江戸時代、徳川幕府は江戸の外城の1つとして、関宿藩には代々譜代大名を配した重要な場所でありました。藩主は8家23代にわたっていますが、なかでも久世氏の治世が最も長く、老中などの要職に就き幕政にも重要な地位を占めました。
  幕末になると関宿藩は勤皇、佐幕派に分かれ、波乱の中で明治維新をむかえました。


  • 関宿藩の変遷

 関宿藩の起こりは、1,590(天正18)年に徳川家康が関東入国の際に、異父弟の松平康元に2万石を与え関宿城主としたことに始まります。
  関宿藩は、東北外様諸大名に対する備えや関宿関所(水番所)の管理等と重要視され、幕府は小笠原氏、牧野氏、板倉氏など有力な譜代大名を配してきました。なかでも久世氏の治世が最も長く、幕末まで9代の藩主を数え、老中をはじめとする幕府の要職を歴任し、幕政に深く関わりました。
  1869(明治2)年の版籍奉還を経て、1871(明治4)年の廃藩置県により関宿県が置かれ、関宿藩は廃止されました。


  • 藩主一覧
藩主名 在城主期間 死亡年月日 年齢 墓所所在地 備 考
松平 康元 天正18年(1590)〜
慶長8年(1603)
慶長8年8月14日
(1603年)
52 関宿宗英寺
関宿町台町57
 
松平 忠良 慶長8年(1603)〜
元和2年(1616)
寛永元年5月18日
(1624)
43 東京浅草 大松寺
台東区西浅草1-1(浅草郵便局裏)
 
松平 重勝 元和3年(1617)〜
元和5年(1619)
元和6年12月14日
(1620)
72 駿府 西寺町 西福寺  
小笠原政信 元和5年(1619)〜
寛永17年(1640)
寛永17年7月20日
(1640)
34 関宿 総寧寺
後(寛文3年1663)
寺は市川の鴻ノ台に移り改葬する。
市川市国府台3-10
市川市総寧寺に
小笠原政信夫婦
供養塔2基
(市指定建造物)
小笠原貞信 寛永17年(1640)〜
寛永17年(1640)
正徳4年6月17日
(1714)
84 東京 浅草 海禅寺
台東区松が谷3-3-3
貞信幼少のため
10日余りの在城
期間で終わる
北条 氏重 寛永17年(1640)〜
正保元年(1644)
萬治元年10月1日
(1658)
63 上嶽勝願寺
静岡県袋井市
 
牧野 信成 正保元年(1644)〜
正保4年(1647)
慶安3年4月11日
(1650)
73 武蔵国 鴻ノ巣 勝願寺
埼玉県鴻巣市
 
牧野 親成 正保4年(1647)〜
明暦2年(1656)
延宝5年9月23日
(1677)
71 武蔵国 鴻ノ巣 勝願寺
埼玉県鴻巣市
 
板倉 重宗 明暦2年(1656)〜
明暦2年(1656)
明暦2年12月1日
(1656)
71 三河国幡豆郡見吹村 長圓寺
愛知県西尾市
 
10 板倉 重郷 明暦3年(1657)〜
寛文元年(1661)
寛文元年12月23日
(1661)
43 三河国幡豆郡見吹村 長圓寺
愛知県西尾市
 
11 板倉 重常 寛文2年(1662)〜
寛文9年(1669)
元禄元年8月7日
(1688)
46 三河国幡豆郡見吹村 長圓寺
愛知県西尾市
 
12 久世 廣之 寛文9年(1669)〜
延宝7年(1679)
延宝7年6月25日
(1679)
71 丸山 本妙寺
豊島区巣鴨5-35-6
 
13 久世 重之 延宝7年(1679)〜
天和3年(1683)
享保5年6月27日
(1720)
60 丸山 本妙寺
豊島区巣鴨5-35-6
 
14 牧野 成貞 天和3年(1683)〜
元禄8年(1695)
正徳2年6月5日
(1712)
78 深川 要津寺
墨田区千歳2-1-16
7代 牧野信成の次男
15 牧野 成春 元禄8年(1695)〜
宝永2年(1705)
宝永4年3月26日
(1707)
26 深川 要津寺
墨田区千歳2-1-16
 
16 久世 重之 宝永2年(1705)〜
享保5年(1720)
享保5年6月27日
(1720)
60 丸山 本妙寺
豊島区巣鴨5-35-6
 
17 久世 暉之 享保5年(1720)〜
寛延元年(1748)
寛延2年8月18日
(1749)
51 丸山 本妙寺
豊島区巣鴨5-35-6
 
18 久世 廣明 寛延元年(1748)〜
天明5年(1785)
天明5年5月24日
(1785)
55 丸山 本妙寺
豊島区巣鴨5-35-6
 
19 久世 廣誉 天明5年(1785)〜
文化14年(1817)
文政4年3月
(1821)
71 丸山 本妙寺
豊島区巣鴨5-35-6
 
20 久世 廣運 文化14年(1817)〜
天保元年(1830)
天保元年10月12日
(1830)
34 丸山 本妙寺
豊島区巣鴨5-35-6
 
21 久世 廣周 天保元年(1830)〜
文久2年(1862)
元冶元年6月25日 46 丸山 本妙寺
豊島区巣鴨5-35-6
 
22 久世 廣文 文久2年(1862)〜
明治元年(1868)
明治32年
(1899)
48 谷中霊園
台東区谷中
10歳で城主に
23 久世 廣業 明治元年(1868)〜
明治2年(1869)
明治44年
(1911)
53 谷中霊園
台東区谷中
 

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