イソギンチャクと人との関わり


 イソギンチャクが私達の生活に直接影響を及ぼすことはあまりないように思います。ただし、イソギンチャクを食べる習慣がある地域や、近年では、生理活性物質の抽出、薬品の開発、などに利用されることもあります。また稀に、海水浴中にイソギンチャクに刺されて、ひどい目にあうこともあるようです。ここでは、そんな人との関わりについて紹介します。

刺される!・痛む!食べる!飼う!


刺される!・痛む!

 イソギンチャクを含む刺胞動物はなにしろ毒液の入った「刺胞」を持っているわけですから、どんな種類でも、大なり小なりなんらかの毒を持っていますが、ここでは特に、人間にとって影響の大きい有毒イソギンチャクを紹介します。
 イソギンチャクで人間にとって害があるのは、やはり刺されて痛む種類でしょう。中には「痛い」では済まされない種類もいます。日本では、暖かい海に生息するウンバチイソギンチャク(海の蜂の意)やハナブサイソギンチャクが有名です。これらのイソギンチャクは、サンゴ礁のリーフ内などの砂中に埋まっており、海藻と見誤って(実際に一目見ただけではイソギンチャクとは思えない)不用意に触れ、刺されてしまうことがあるようです。また、地中海ではヘビイソギンチャクというイソギンチャクが、地元の漁業者に恐れられる程「痛い」ということです。日本にも、このヘビイソギンチャクに近い仲間のミナミウメボシイソギンチャクというイソギンチャクがいますが、こちらはさほど毒が強くないのか、かゆみや軽い腫れ程度の症状しか出ないようです。房総半島では、ミナミウメボシイソギンチャクの他に、カザリイソギンチャクの仲間やスナイソギンチャクが生息しており、こちらはやや痛みが激しいようです。ただし、やや深いところに生息していますし、数も多くないので、誤って刺されることはさほど無いものと思われます。
 さて、このイソギンチャクの毒の正体ですが、大きく分けて2つのタイプがあることがわかっています。一つは溶血毒(タンパク毒)で、もう一方はペプチド毒(神経毒)です。これらの毒については、現在も薬品に応用する等の研究が行われており、ヘビイソギンチャクのペプチド毒のように、既に試薬として市販されているものもあります。

スナイソギンチャク

カザリイソギンチャク

痛い突起

スナイソギンチャク

カザリイソギンチャクの仲間

同左の‘痛い’突起の部分

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食べる!

 イソギンチャクを食べる、というとやはりゲテモノ食いの感がありますが、世界的に見ても、また、日本においても、伝統的にイソギンチャクを食べる食文化というものがあります。日本で有名なところでは、有明海でとれる「ワケ」もしくは「ワケンシンノス」とよばれているイシワケイソギンチャクでしょう。これらは、みそ炒めにしたり、みそ汁に入れたりして食べるようです。柳川あたりに行くと、魚屋の店頭で、このイソギンチャクが袋詰めにして売られているのを見ることができますし、郷土料理屋でもメニューにこのイソギンチャクを使った料理が載っています。東京湾の干潟に面する一部の集落でも、これと同じ種類のイソギンチャクをみそ汁に入れて食べていたようです。余談ですが、マダイの延縄漁にこのイソギンチャクを餌として使用している地方もあります。イソギンチャクを餌にすると、「余計な魚に餌を取られることが無いので効率が良い」、加えて,「マダイの喰いも他の餌より良い」、というのが漁師さんの弁です。他にも、島根県では、カニ網に混獲されるイソギンチャクを食用にするそうです。
 一方海外に目を向けてみると、地中海では、先に出た「痛い」ヘビイソギンチャクを食べる習慣があるようです。さらにフィリピンでも、少なくともパラワン島では、市場にシライトイソギンチャクが袋詰めにされて売られており、ココナツミルクで煮込んだりして食べるようです。
 このように、イソギンチャクを食べる、という食文化は、探してみると意外に少なくないのかもしれません。

出荷されたイソギンチャク

泥に埋まるイソギンチャク
店頭で売られているイシワケイソギンチャク

その生息環境
(中央がイソギンチャク)

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飼う!
〜飼育方法の解説ではありません〜

 近年の熱帯魚ブームにのって熱帯魚ショップでは色とりどりの魚にまじってイソギンチャクも売られています。これらの多くは、クマノミと「共生関係」を持つ種類でフィリピンや東南アジアなどからも輸入されてくるようです。これは大変なことになったな、と私は思っています。仮に、前述の「イソギンチャクの寿命は数百年」説が正しいとするとどうでしょう。そのようなイソギンチャクは、へたをすると繁殖に成功するのが100年に1度きり!ということも有り得ない話ではありません。そんなペースで生きているイソギンチャクを、片っ端から採集してしまったら最後、それをもう一度増やすことは至難の業でしょう。
 こんな心配を現実のものと感じさせる報告が、2000年に発表されました。この報告は、フロリダアネモネと呼ばれるイソギンチャク Condylactis gigantea に関するものです。フロリダアネモネは、大きなものでは25cmを越える比較的大型のイソギンチャクで、その色彩が美しいことから、観賞用として人気の高い種類です。さて、この報告によると、フロリダ周辺(Florida Keys)では、州のライセンスによって、1 日400 個体(/ 船)のイソギンチャク採集が認められており、フロリダアネモネは,1990-1992 年の間では、年間20万個体以上、1997-1999 年の間にも10 万個体以上が観賞用として水揚げされているとのことです。この数字には、個人が趣味で採集した個体が含まれていないので、実際にはこれ以上のイソギンチャクが採集されていることになります。一方、このイソギンチャクの生息状況はというと、直線距離250km に及ぶ定点調査では、一番密度の濃かった地点においても、1 平方メートルあたり0.038個体!,90%以上の地点では、1 個体も確認されなかった、ということです。この報告の著者は、早急な資源管理を訴えています。
 イシサンゴ類はワシントン条約で国際取引が禁止されていますが、イソギンチャク類には全く規制がありません。今後、このような状況が続けば、特に観賞用として取り引きされる熱帯域の大型イソギンチャクは、大幅に減少してしまう可能性もありそうです。これは我らがイソギンチャクとしては、非常に嘆かわしい現状です。たしかに、イソギンチャクはとても美しく、観賞用として飼育したくなる気持ちはわかります。しかし、どうかイソギンチャクをむやみやたりに、採りすぎることの無いように願いたいものです。

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イソギンチャクワールドへようこそ!
はじめに
イソギンチャクはどんな生きものの仲間?
イソギンチャクの体のつくり
イソギンチャクの武器「刺胞(しほう)」
イソギンチャクの繁殖
イソギンチャクは動く?
イソギンチャクと他の生きものとの関わり
千葉県で見られる主なイソギンチャク類