
録音家
千葉県立中央博物館とかかわりのある録音家とコレクションを紹介します。
蒲谷 鶴彦 (1926-2007)
蒲谷鶴彦氏は世界的に偉大な野生生物録音家です。御自宅に蒲谷サウンドアーカイブを遺されました。
生前、中央博物館にも協力して下さり、「三宅島(蒲谷)1959,1975,1986」と千葉県の昔の音として「千葉県(蒲谷)」と「新浜の鳥 (音環境 千葉県)」が収蔵されています。本館展示室にも貴重な音声展示があります。
展示室 「房総の自然」では谷津田の四季の音が流れています。木枯らしや雷の音の前後で変わる生物の音が がらりと変わるのがなかなか愉快です。展示室 「自然と人間のかかわり」入口のジオラマ「谷津田の水源」では谷津田の入口から奥へと音の風景が展開します。
展示室 「音めぐり-音の秘密を徹底究明」を使うと、詳細がわかることでしょう。収蔵庫には英国図書館 野生生物部門 (BLOW)において収録された蒲谷氏のインタビュー録音もあります。
蒲谷鶴彦さんがいく 」
千葉県立中央博物館で 自然の音の録音収集を始めるにあたり、蒲谷鶴彦氏の御自宅にあるサウンドアーカイブをお訪ねしました。
戸棚にはたくさんのリールテープがぎっしりと並び、編集機や音声分析機が配置された部屋で
「あなたに できるかな」と首を傾げながら、考えて下さっている姿は、今でも忘れません。
これまで多数の野生生物録音家に会ってきましたが、どうしたら良い録音がとれるか 録音の手の内を明かす方はそうそうありません。
その日、蒲谷氏が教えて下さった鉄則は、録音道具は必ず2組そろえるということでした。限られた予算内でレコーダを2台、マイクは2本(ステレオで録るなら4本)パラボラ収音器も2台というのは、きついものです。理由は野外録音では何が起こるかわからない、マイクを崖から落下させたりレコーダが急に故障したりすれば、その時点でめざしていた録音ができなくなるからです。また、レコーダとマイクは互いにバランスをとれるものがよいということも教えてもらいました。マイクだけよくても、レコーダが悪ければ 悪い方に引っ張られるというものです。
その日から20年以上たちましたが、この鉄則を教えていただいたことを大変感謝しています。そしてその間、私が知ったことは、録音は装置だけではないということです。蒲谷氏が好条件が訪れるまで待機され「その瞬間」を録音されていることはいろいろな場面でお話をしていました。
蒲谷氏の後姿から自然が環境に向き合いそこに響く音に心よろ耳をかたむけることの大切さを感じています。
鳥数も少なく最も鳥の声が多く聞かれた時に録音した。
県の天然記念物に指定されていた大厳寺の境内のカワウのコロニーも1971年に完全に消え去ってしまった。
松浦一郎氏は、東京日本橋生まれ。建築を学び、清水組(現.清水建設)に勤められましたが、1939年早稲田大学建築科川島教授のもとで建築音響測定に従事されました。1943年以降は昆虫学者の大町文衛氏に師事しコオロギ類の遺伝学を学びました。1948年、東京音響株式会社を設立された後も、生涯 コオロギ類の研究を行い、多数の著作があります。また、鳴く虫やカエル、鳥など国内外で録音され遺された録音は学術的な価値の高いものです。録音物の学術利用に熱心で、1988年に急逝された後は、御子息の松浦 肇氏と奥野良枝氏の懸命な作業により全録音がデジタル化され千葉県立中央博物館に関連する資料とともに納入されました。(「平成6年度製作委託事業」)
- 鳴く虫の観察と研究(ニューサイエンス社 1983年)
- 虫はなぜ鳴く-虫の科学(総合出版 1990年)
- 鳴く虫の博物誌(文一総合出版 1986年)
オリジナルのリールテープは自宅の書斎に長く保管され、劣化が危ぶまれたため、デジタル化が行なわれました。あわせてDAT60分テープ72本とそのバックアップ1組が納入されました。また、関連資料として鳴く虫の録音に使用された機器や研究資料、写真、実験・飼育道具など松浦一郎を知るための資料が寄贈されています。これまでに展示や教育普及資料として活用されました。生態園オリエンテーションハウスにあるラナフォンのカエル音源29種はすべてこのコレクションに基づきます。
松浦 一郎氏にお会いしたのは1987年度の動物行動学会でした。
当時 東邦大学理学部で生物音響学の講義、特別セミナーを担当していました。ぜひとも昆虫の鳴き声を学生たちに聞いてもらいたくて、録音資料を探していたところ、松浦氏がエンマコオロギやスズムシのボキャブラリーと気温による虫の音の変化を録音したテープを快く分けて下さることになりました。
後日御自宅をお訪ねし、たくさんの音響機器と録音と書籍に囲まれた書斎で、デモテープを直接作って下さいました。
講義でこれらの音を実際に聞いた学生たちの反応がとても良かったことを思い出します。
その後も中央博物館の講座や観察会において、松浦氏の録音は多くの方に聞いていただいています。
1950−80年代の自然の音の記録です。
峯岸 典雄 (1928-2010)


峯岸典雄は東京池袋生まれ、幼いころ、バス通りを敏捷(びんしょう)に飛び回るツバメに魅かれ鳥が好きになったそうです。(生前、日本鳥類研究会を主催し、日本野鳥の会、山階鳥類研究所に所属されていました。)
大手商社を退職後、本格的に野鳥の研究を始められ全国21ヶ所のゴルフ場に設置した巣箱の利用状況を1989年から11年間 延数33,284個 調査しました。発表データからは巣箱の利用率が上がるような、設置方法が今後検討されることを氏は望んでおられました。
「もう手遅れ 鳥が諦めてしまった軽井沢 1989年〜2010年までの録音の比較録音」は、21年前と現在の間に起きた環境の変化を知ることのできる重要な録音といえます。当館収蔵の生態園の音環境録音、峯岸典雄生物音声録音コレクション(平成17年度寄贈、軽井沢において20年を越える定点録音現在も追加資料を継続して納入されている)などと合わせて、近年急速におきている日本の自然環境の変化を音から探る重要な資料です。
「この録音は鳥のさえずりを鑑賞するための録音ではありません。録音時点でのありのままの生態を、長期間にわたり定点にて記録したものです。 軽井沢の別荘地では、1990年までは鳥の数が非常に多かったが、年々鳥が減り、特に2000年以後は激減という状況です。 この録音記録は、その変化をさえずりの頻度の変化として示す証拠資料なのです。」

父 峯岸典雄は、大変凝り性で几帳面な性格でした。
コツコツと努力し誰も成し遂げない貴重な録音を遺しました。
軽井沢に別荘を購入した翌年の1989年から開始した録音をサポートしていただいた小野光昭氏、山下のり子様、父の遺志を継いで下さる軽井沢別荘団体連合会に心からお礼を申し上げると共に、軽井沢の自然と環境が守られることを切に願う次第です。
(2012年1月3日 長女)
峯岸典雄氏が千葉県立中央博物館を最初におたずね下さったのは、中央博物館が開館した1989年のことです。 峯岸氏はゴミ問題、カラス対策、巣箱による環境保全など、幅広いテーマを実に精力的に取り組まれた情熱的な方で、さらに、環境の変化を音でとらえることができるかどうか、どのようにしたら録音できるか、録音解析の仕方について熱心に質問されました。
それから20年、峯岸氏はコツコツと毎年 春のさえずりの時期に軽井沢の別荘で録音を続けられました。
2007年には、これらのデータをまとめ論文を遺されました。継続して録音することの難しさはさておき、膨大なデータの解析を完結させ、このデータを基に別荘地の自然保護、環境保全、まちづくりへと積極的にとりくまれました。長期的録音の意義について共著論文を計画している矢先の訃報でした。
金田 忍 (1934-)

金田 忍氏(京都野鳥の会)は、京都や各地の自然保護について造詣が深く、1986年以来日本各地で野鳥の音声録音を行ってきました。野鳥の鳴き声をできるだけ自然の状態で録音するため、深夜に録音地へ到着して録音機材を仕掛け、ご自身はその場所をはなれて待機したということです。録音(編集CD)を試聴したところ、録音場所を離れているため、録音レベルなど難点がある資料もありますが、現在ではなかなか聞くことができないすばらしい夜明けのコーラス、貴重種や重要種の鳴き声が含まれています。
コレクションの中には、日本の野鳥音声研究の創始者である川村多実二先生の録音(データ修復)CDも含まれています。
金田氏は、生物音響資料の学術利用ならびに社会に役立てることを期待し中央博物館に寄贈にされました。
金田 忍氏と知己になったのは四半世紀以上も前のことで、初めて参加した京都野鳥の会の例会でした。
第一印象は、教養ある野人。鳥だけでなしに、野の生き物すべてに深い実践的な知識を身につけていました。
軽やかに響く「バードウォツチャーの達人」というより、深い森の中に住んでいる仙人の風情でした。
彼が鳥の声の録音について「病、膏盲ニ入ル」(やまい、こうこうにいる)の境地に至ったのがいつ頃だったのか、記憶にないくらい古いことです。長期にわたり、尋常でない集中力を鳥の声の録音に注入されました。
自然の中で良質の録音を得るためには、超人的な努力が必要です。銀行に勤務しながら、素晴らしい録音記録のコレクションが蓄積してゆくのは大変なことだったと思います。夜中に起きて、車を運転して現地に。日の出の一、二時間前に録音の準備を済ませる。せっかく準備しても雨になったり、強い風が吹いたり、飛行機の爆音が鳥声に被ったり・・・。
「後期高齢者」の領域に入る頃に、「近頃、日本の鳥の鳴き声が下手になった」とたびたび感じるようになったそうです。しかし間もなく、その原因がご自身の聴力の衰えであることに気付かれました。そこで、録り貯めてきた録音記録が公共の財産として広く利用してもらえるようにならないかと相談を受けました。私蔵コレクションは本人が死んだ時に完全に生命を失いますが、生きている間に公共財化できたら、いつまでも活用されることになります。今回、千葉県立中央博物館でコレクションが公開されることになり、彼の希望が実現したことを紹介者として喜んでいます。
博物館において音の標本箱 「日本と世界の自然と音風景CD」で視聴できます。
※全34分36秒を約5分おきに抜粋
ヒガラ・クロジなどの歌をとり込んで囀っている。
※全5分22秒の1分10秒間を抜粋
サロベツ 8時56分から録音 ※全編
1999年5月13日 4時44分から録音
※はじまりの部分約1分を抜粋