《堀江正章像》柳敬助 制作年不詳  キャンバス・油彩、縦 65.0p 横 52.0p
【県立千葉高等学校美術館蔵】
 

 堀江正章は明治時代の日本の洋画の草創期に、日本初の官立美術学校である「工部美術学校」で専門教育を受け、優秀な成績を修め、将来を嘱望されました。そして、卒業後は日本の近代洋画史に残る多くの逸材を育てます。
 しかし、日本の洋画界が逆境を乗り越えて順調に育ち始めると、中央を離れて千葉に移り住み、旧制千葉中学校で35年間、後進を育成します。
 再び中央に戻ることの無かった堀江は、作家として日本洋画史上に存在をあまり知られていません。
 ここでは堀江の足跡を辿りながら、その功績を顕彰します。
容姿の分かる資料の少ない堀江ですが、上図は旧制千葉中学校での教え子、柳敬助の作品≪堀江正章像≫です。

 堀江正章の軌跡

1.松本時代
   安政5年(1858)〜明治11年(1878)

2.工部美術学校時代
   明治11年(1878)〜明治16年(1883)

3.画学専門学校時代〜大幸館時代
   明治17年(1884)〜明治30年(1897)

4.旧制千葉中学校時代〜逝去
   明治30年(1897)〜昭和7年(1932)

5.旧制千葉中学校の教え子たち

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