第1節 鷹見泉石  第2節 赤松宗旦  第3節 鈴木南嶺・大西椿年

年 号 西暦年 主な出来事
天明5 1785 古河藩御使番鷹見忠徳の長男として生まれる
文化4 1807 父の病死に伴い家督を相続、 250石を許される(23歳)
天保2 1831 家老となる(役高500石) (47歳)
天保8 1837 大塩平八郎の乱
天保9 1838 大塩平八郎逮捕の功績により、感状及び小刀を拝領する
天保10 1839 渡辺崋山・高野長英逮捕される
弘化2 1845 家老免職。古河に隠居を命じられる
嘉永2 1849 「新訳和蘭国全図」完成
安政5 1858 古河長谷町の隠居屋敷で死去(現在、鷹見泉石記念館)(73歳)
鷹見泉石は、天明5年土井氏代々の家臣、鷹見忠徳の長男として生まれた。十郎左衛門忠常といい、泉石は引退後の名である。
  古河藩は、江戸時代には常陸国ではなく、下総国に含まれていた。古河は水陸ともに交通の要所であり幕府要職を任じられた譜代大名が多く入封している。
  泉石は、11歳より藩主土井利厚・利位の2代に仕え、ついには江戸家老に進み、優れた手腕を振るった。中でも、利位が大阪城代だったときに「大塩平 八郎の乱」が起きたが、泉石は、利位 を助け事態の収拾に当たっている。
泉石は、優れた蘭学者でもあり、数多くの研究資料の収集に当たった。中でも、特に注目されるのが、江戸時代に作られたものとして唯一のヨーロッパ国図「新訳和蘭国全図」である。