イソギンチャク類(刺胞動物門:花虫綱)の分類学的研究

千葉県立中央博物館 分館海の博物館

研究員 柳 研介

ウスアカイソギンチャク
ウスアカイソギンチャク Nemanthus nitidus

 イソギンチャクの仲間は、世界中から約800種が報告されており、南極や北極の寒い海から熱帯の海、また潮間帯から深海底と、あらゆる海に生息しています。日本からはそのうち,50種程度が報告されていますが、未確認種を含めると150種程度もしくはそれ以上いると見積もられています。日本産のイソギンチャクの分類は非常に混乱していて、まだまだわからないことが多く残っています。深い海に生息する種類はもちろん、潮間帯などの浅い海にもまだまだたくさん名前の付いていないイソギンチャクがいます。というわけで、「日本には何種類のイソギンチャクがいるの?」という質問をよく受けますが、私は「わかりません。ただし・・・」と、答えることにしています。
 このような状況は、様々な生物学的な研究を行う際に、大変困った問題を引き起こします。研究の対象としているイソギンチャクが、どんな種類なのかわからなければ、その研究が成り立たないのです。また、環境保全等を考える上でも非常に難しい問題を抱えます。なにしろ「絶滅危惧種」というのは、名前が付いていることが大前提です。名前のないイソギンチャクは、環境が悪化して絶滅してしまっても、だれも気づくことがないのです。
 私はもともと、イソギンチャク類の繁殖生態を研究していましたが、まさにその対象の名前がついていない種類が少なくありませんでした。そこで、私の研究の主題も、自然と繁殖生態から分類へと変わってきたのです。
 「名前が付いていない種類がいっぱいいる」というと、驚かれる方も少なくないかもしれません。もちろんほ乳類や鳥などで新種が見つかると、新聞記事をにぎわすことになります。しかし、研究の進んでいない仲間は決して少なくありません。こういう分類群では、現在もなお、年間何十種類もの新種が発表されています。現在、名前の付いている生きものというのは、全体のほんの1%に満たない、という見積もりもあるくらいです。
 さて、イソギンチャクは、体には硬い部分がなく、他の種類とわける決め手になる「形の違い」を見極めるのが非常に難しい動物です。外見だけで種類を決定できることはほとんどなく、正確に種類を見極めるには、体の内部の構造や、微細な形質(刺胞等)を観察する必要があります。非常に時間がかかり、面倒な作業ですが、このような地道な観察によってはじめて、千葉県に、そして日本にいったいどんなイソギンチャクがいるのか、ということが明らかになるのです。
 今後、順次分類学的研究によって明らかになったことを紹介していきたいと思います。


現在進行中のテーマ

その1. ヨロイイソギンチャク属(イソギンチャク目:ウメボシイソギンチャク科)の分類学的再検討
概要: ヨロイイソギンチャク属には、約40種が含まれ、イソギンチャク類の中では大きなグループです。しかし、これらの仲間の分類は非常に混乱しています。過去に報告された種類でも、現在いったいどのイソギンチャクを指すのかわからなくなってしまっているものも少なくありません。また、種のみならず、属を定義する形質も曖昧な部分があり、属自体の再定義も必要と考えられています。日本産のものでも、まだ名前が付いていない種類が数種類ありそうです。
 現在、日本産の種類を含めたヨロイイソギンチャク属の仲間について、海外との共同研究によって形態やDNA解析を含めた分類学的研究を進めています。

その2. 深海性イソギンチャク類の分類学的研究
概要: 日本周辺海域の深海のイソギンチャク類については、19世紀末から20世紀初頭以来、全く研究されていません。私は、様々な調査船に乗船したり、漁業混獲物を採集したりしながら、多くの深海性イソギンチャク類の標本を収集してきました。現在、これらのイソギンチャク類の分類学的研究を行っています。

その3. 日本産ウメボシイソギンチャクに関する分類学的再検討
概要: 長い間、ウメボシイソギンチャクActinia equinaは、世界的に分布する種(Cosmopolitan Species)と考えられてきました。しかし、近年の分子生物学的手法の発達により、多くの地域の Actinia 属の種が、それぞれ別種であることがわかってきました。今では、真のActinia equina は、ヨーロッパ大西洋岸にのみ分布すると考えられるようになっています。しかし、日本産のウメボシイソギンチャクは、1908年以降分類学的研究は行われておらず、早急にその再検討が望まれています。現在、世界の Actinia 属の分類学的再検討が国外の研究者によって進行中ですが、私は日本産の種類を担当し、その形態学的研究を行っています。


イソギンチャクってどんな生きもの?

下の特集では皆様にイソギンチャクとはいったいどんな生きものなのか? ということを紹介します。

イソギンチャクワールドへようこそ!

はじめに
イソギンチャクはどんな生きものの仲間?
イソギンチャクの体のつくり
イソギンチャクの武器「刺胞(しほう)」
イソギンチャクの繁殖
イソギンチャクは動く?
イソギンチャクと他の生きものとの関わり
イソギンチャクと人との関わり
千葉県で見られる主なイソギンチャク類


[表紙へ戻る] [調査研究]  [スタッフ紹介(柳)]