3.地衣類と化学分類

 
 20世紀の前半頃まで,生物の分類は,基本的には形,形態的な特徴に基づくものでした.しかし,地衣類では,含有する化学成分(地衣成分)を特徴として,分類学に広く取り入れられたため,「化学分類」の代表例とされました.英語では「Chemistry」(化学)+「Taxonomy」(分類学)で,「Chemotaxonomy」(化学分類学)となります.

 地衣類において化学分類学的な手法として,最初に考案されたのが「呈色反応」,次いで「顕微結晶法」,更に「薄層クロマトグラフィー(TLC)」です.これらは高価な機器を必要とせず,比較的単純な装置だけで実施できるため,今でも同定の現場で幅広く利用されています.ここでは,この3つの方法について紹介します.

3-1.呈色反応  
3-2.顕微結晶法  →移動(●)

3-3.薄層クロマトグラフィー(TLC)

 →移動(●)

一方,特別な機器を使うことで,詳細な分析が可能となっています.それらについては「4.地衣成分の分析」をご覧ください.

3-1.呈色反応 Color test (spot test)

<概要>地衣類に含まれる地衣成分を分類上の特徴として利用する歴史は古くからあります.これに最初に気づいたのはフィンランドの地衣学者,ニュランダー(Nylander)です.彼が1867年に発表した論文(文献1)の中で,さらし粉の水溶液か,水酸化カリウムの水溶液を地衣類に付けると,赤くなる種類とならない種類があり,この方法が分類に使えると発表したのです.この方法は,現在は呈色反応と呼ばれるもので,さらし粉の水溶液はC液,その反応はC反応と呼ばれ,水酸化カリウム水溶液はK液,反応はK反応といいます.
この他にもいくつかの呈色反応がありますが,中でも主要なP液・P反応を考案したのは朝比奈泰彦でした(文献2).

c-test
ウメノキゴケのむきだしにした髄層にC液をつけると赤く着色する.
(文献1)Nylander W. 1867./  Hypochlorite of lime and hydrate of potash, two new criteria in the study of lichens./  Linn. Soc. J., Bot. 9: 358–365.
(文献2)Asahina Y. 1934./  Über die Reaction von Flechten-Thallus./ Acta Phytochim. 8: 47 - 64.

3-2.顕微結晶法 Microcrystal test

<概要>有機化学・薬学の分野において地衣成分を調べようという動きはニュランダーと同じ頃,ドイツのツォップ(Zopf)により本格的に始められました.これによって多くの地衣成分が知られるところとなりましたが,分析には地衣類を何キログラムも使う必要がありました.

 それをごく少量の地衣類から成分を抽出し,スライドグラス上で簡単に結晶を作り(プレパラートにして),顕微鏡下で観察し,その形状から成分を同定する,顕微結晶法が1920年代から朝比奈によって精力的に進められ,集大成されました(文献1).彼は薬学者でしたが,その知識を生かし,地衣類の分類への応用を図ったのです.結晶を作るための試薬を何種類か考案し,呈色反応の結果と合わせて,数十種類の地衣成分を同定することができるようになりました.

    black zone  
  ウメノキゴケから地衣成分を抽出   スライドグラス上で結晶を作る  
(文献1)朝比奈泰彦・柴田承二.1948. 地衣成分の化学.河出書房

3-3.薄層(はくそう)クロマトグラフィー(TLC) Thin-layer chromatography

<概要>20世紀の半ばを過ぎたころの有機化学における分析技術の進歩が,地衣類の化学分類にも新しい手法をもたらしました.1970年代前後に,アメリカのカルバーソン(C.F. Culberson)等は,薄層(はくそう)クロマトグラフィーを,地衣成分の分析方法として標準化したのです.

 

ガラスやアルミの板の片面に,シリカゲルの粉の層が貼り付いている薄層プレートを使用します.アセトンなどで地衣類から抽出したエキスを,プレートの下のほうにスポットしておきます.ガラスでできた展開槽に展開溶媒(ここでは複数の有機溶媒を一定の割合で混ぜたもの)を少量入れ,そこにプレートを設置し蓋をし,静置します.すると溶媒がゆっくりとシリカゲル層を上っていきます.このとき,スポットに含まれていた地衣成分が,溶媒とともに上っていく速度が,地衣成分ごとに異なります.ある成分は溶媒が到達した線近くまで移動するかと思えば,ほとんど移動しない成分もあります.同じ成分でも,溶媒の種類によって速度が異なります.

※ここまでは,ろ紙でなく薄層プレートを使うことを除けば,ペーパークロマトグラフィーと同じです.地衣成分は無色のものが多いので,硫酸を噴霧してからオーブンで焼き,あぶり出しのようにスポットが見えるようにします.焼く温度と時間がうまくいけば,地衣成分の種類によってスポットは異なる色となって現れます.ろ紙では,全体が焦げてしまうので,この検査はできません.
そこで,カルバーソン等は,地衣成分の分析のために,3種類の溶媒を考案し,様々な地衣成分をこの方法で分析し,そのデータをまとめたのです.これを契機に,カルバーソン等の分析方法(文献1,2)が,地衣成分の標準的な分析法として,定着しました.
 
ガラスタンクの中で展開中のTLCプレート   展開後に乾燥,硫酸噴霧し,加熱したプレート

(文献1)Culberson C.F. & Kristensson H. 1970. A standardized method for the identification of lichen products. J. Chromatography 46: 85-93.

(文献2)Culberson C.F. 1972. Improved conditions and new data for the identification of lichen products by a standardized thin-layer chromatographic method. J. Chromatography 72: 113-125.