権現堂(ごんげんどう)桜堤
有数の桜の名所として名高い権現堂桜堤は、大正5年に権現堂川の堤に約3000本の桜の木が植えられたのが起源です。太平洋戦争の末期に薪(まき)として切りとられましたが、昭和24年に再び植えられました。
4月上旬には「さくら祭りが開催され、1キロにわたるソメイヨシノの花のトンネルは各地からの花見客で賑わいます。菜の花畑の黄色い絨毯(じゅうたん)が桜の美しさを一層ひきたてます。ここには明治天皇行幸碑、権現堂川用水記念碑、巡礼供養塔などの史跡があります。
所在地 | 埼玉県幸手市内国府間 |
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問い合わせ | 電話0480-43-1111(幸手市役所) |
小流寺(しょうりゅうじ)
江戸時代初期に、利根川東遷の一環として江戸川が新たに開削されました。関東郡代伊奈忠治は小島庄右衛門にこの大工事を担当させました。
工事終了後の正保3年(1646)、庄右衛門は江戸川のほとりに小流寺を建立しました。この寺に遺されている「小流寺縁起」には工事の経緯や当時の様子が記されています。
所在地 | 埼玉県春日部市西宝珠花327 |
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問い合わせ | 電話048-748-0597 |
地底探検ミュージアム 龍Q館
首都圏外郭放水路や河川、洪水について学べるガイダンス施設です。
詳しくはこちらのホームページへお問い合わせください。
所在地 |
埼玉県春日部市上金崎720 |
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問い合わせ | 電話048-746-0748 |
開館時間 9:30 ~ 16:30
休 館 日 月曜日・年末年始
入館無料
地下施設の見学は、別途予約が必要です。(048-747-0281)
杉山対軒(すぎやまたいけん)遭難の碑
明治維新の時、関宿藩内は勤王派と佐幕派に分裂・対立していました。関宿藩家老杉山対軒は勤王派の立場から藩内をまとめようと努力していました。明治2年(1869)、新政府の取り調べを受けた対軒は江戸から関宿へ帰る途中の関宿道(通称四里八丁)並塚で数名の関宿藩士に襲われ、39才の若さで死亡しました。
後に遭難した地に鈴木孝雄(終戦時内閣総理大臣鈴木貫太郎の弟、靖国神社宮司)の書による碑が建てられました。
所在地 | 埼玉県北葛飾郡杉戸町並塚 |
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問い合わせ | 電話0480-33-1111(杉戸町教育委員会) |
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関宿城博物館