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ちょっとひとやすみ!

このあたりで、ちょっとひとやすみ!千葉県ちばけんに、つたわるむかしばなしをんでみよう。

カッパ”川太郎かわたろう”のよくきくくすり十三枚じゅうさんまい

― 「大利根まめ新聞 No.6(1981.10)」

 むかし、水郷すいごう扇島村おうぎしまむら(いまの佐原市さわらし)に”川太郎かわたろう”というカッパがいたそうだ。あたまの上にあるさらとぱっちりしたはかわいかったが、体全体からだぜんたい緑色みどりいろで、なんとなくなまぐさかったという。でも、まだそんなにたくさんのひと出会であったというわけではない。

 カッパがきだというキュウリのとれる時期じきになると、村人むらびと毎年まいとしそのはじめてとれた作物さくもつに「カッパ”川太郎かわたろう”さま」といて川にそなえた。こうすれば、子どもたちがどんな水遊みずあそびをしても、川底かわぞこきこまれないといわれていた。

 ところで、このごろ川太郎かわたろうにとって大へんになることがあった。それは、このむら若者わかものが、川太郎かわたろうかわ毎日まいにちやってきては、モグ(水草みずくさ)をり、だまってもっていくことだった。

 ある川太郎かわたろう若者わかものにいった。

 「おいおい。そこのわけえの、毎日まいにちモグをとってどうするんだ?」

 だしぬけにこえをかけられた若者わかものはびっくりしたが、やっとをとりもどしてこたえた。

 「やあ、だまってモグをとり川をらして、すまん。あれを陰干かげぼしにしておき、けがをしたときのくすりにしようとおもってな。なにしろ、このむらにはお医者様いしゃさまがひとりもいねえもんで。」

 川太郎かわたろうはじっといて、おおきくうなずくと、

 「なるほど。このところおれの川がらされるもんだから、こととしだいによっちゃおめえさんを川底かわぞこっぱりこもうとおもっていたが。おめえさんはわけえのになかなか感心かんしんだ。よーし、けがによくきくくすりのつくりかたをとくべつにおしえよう。でも、これはおめえさんだけにおしえるんだからな。」

 と、川太郎かわたろうは、ほねつぎ・うちなどにきくくすりのつくりかたをていねいにおしえたそうな。それは黄色きいろのねりくすりだった。

 それから数年すうねんたって、江戸えど(いまの東京とうきょう)の横綱よこづな相撲すもうとりが、あしおおけがをした。江戸中えどじゅうのよいお医者様いしゃさまにみてもらってもなかなかなおらない。横綱よこづなは、次の大相撲おおずもうをひかえて毎日まいにちいらいらしていた。そのやさき、「水郷すいごう扇島おうぎじまにけがにたいへんよくきくねりくすりがある。ってみるがいい。」と、すすめる人がいた。横綱よこづなは、さっそくものはためしと、かごにゆられてはるばる若者わかもののところへきた。若者わかものはこの川太郎かわたろうのねりくすり使つかいはじめてから十三日目じゅうさんにちめ十三枚目じゅうさんまいめをはりかえると、けがはすっかりよくなっていた。横綱よこづなは、若者わかものこころかられいをいい、大喜おおよろこびでかえっていった。

 そのことがあってからというもの、この若者わかものとねりくすりは、たいへんな評判ひょうばんになり、いつしかこのくすりは「十三枚じゅうさんまい」とよばれるようになった。やがてそれは若者わかもののすむ土地とち名前なまえにもなって、たくさんのひとびとにられ、はんじょうしたということだ。

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