地衣学用語集(日本語版)(試行版)
地衣類の形態など様々な学術用語などについて,その英語表記と,解説をまとめたものです.英語版(→「地衣学用語集」)をもとにしました.必要に応じて修正していく予定です.
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2023.8.11原田浩執筆.2023.9.16修正(原田)
日本語(よみ)/用語: 意味
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外殻(がいかく)/involucrellum: 被子器において,果殻の外側にできる,地衣体由来の暗化した組織.
海岸生(地衣)(かいがんせい(ちい))/maritime lichens: 海岸付近に生育する地衣類.海洋生地衣類と,ごく近辺の飛沫帯に分布する地衣類を指すこともある.
外部形態(がいぶけいたい)/external morphology: 肉眼や実体顕微鏡下での観察と,プレパラートを生物顕微鏡下で観察とでは,用いる手法が異なるが,それを記載において明確化するために,前者に基づくものを外部形態,後者を内部形態とする.地衣類の記載においては,外部形態と内部形態の区別が不明瞭の場合が多く,問題の形質を観察した方法が不明となる.これを避けるためには,外部形態と内部形態を区別する必要がある.「morophology」は内部形態を含んだ形態を指すが,「anatomy」と対比して使うと外部形態のみを指し,意味に幅があるため,「external morphology」とすることで明確に外部形態のみを指すことになる.この記載方法は,Harada (1993) によって標準化された.
外部頭状体(がいぶとうじょうたい)/external cephalodium: 頭状体のうち,地衣体の表面に明らかに飛び出してできるもの.例:キゴケ属Stereocaulon
外膜(がいまく)/perispore: 子嚢胞子の細胞壁の外側に生じる,ゼラチン質など通常は細胞壁よりも軟質に見える膜状構造.「(子嚢)胞子外膜」と言ってもよい.
海綿状組織(かいめんじょうそしき)/spongiastrum: アンチゴケ属(Anzia)の地衣体腹面側にある,スポンジ状の組織.
海洋生(地衣)(かいようせい(ちい))/marine lichens: 岩礁海岸の潮間帯付近に生育する地衣類.日本語では海岸生ということもある.
果殻(かかく)/exciple: →proper exciple
果殻(かかく)/proper exciple: 子嚢層を包む(フォトビオントを含まない)菌糸組織.子嚢下層の下側に至る場合もある.裸子器において,子嚢下層の下側の組織が,子嚢層の側方の果殻と区別できるときは,前者をhypotheciumとして区別する.
果殻縁部(かかくえんぶ)/proper margin: レキデア型・ビアトラ型の裸子器における子器の縁部.果殻でできているため.
化学系統(かがくけいとう)/chemical strain: 同一種内で,化学成分の異なる複数の個体群が知られ,分類学的に区別されないとき,それぞれの個体群.「ケミカルストレイン」と呼ばれることが多い.
化学変種(かがくへんしゅ)/chemovar: 化学系統とほぼ同義.変種(variety)と異なり,分類学上の種内分類群ではない.
下菌糸(かきんし)/hypothallus: 痂状地衣において,地衣体の下側に生ずる,菌糸のみからなる部分で,多くの種では通常の地衣体の外側にはみ出て見える,黒あるいは白などの通常は薄い部分.「ヒポタルス」ということもある.ハナビラゴケ科(Pannariaceae)においては葉状あるいは鱗片状の地衣体の下に,暗色の菌糸からなるマットを生じる種が多いが,このマットもヒポタルスと呼ばれる.
隔壁(かくへき)/septum: 菌糸,子嚢胞子などの内部を隔てる細胞壁.複数形:septa
隔壁がある(かくへきがある)/septate: septumの形容詞形
学名の著者(名)(がくめいのちょしゃ(めい))/author of scientific name(s): 新種(あるいは新組み合わせ)などの新しい学名を発表した研究者名.例えば新種記載された「Phloeopeccania japonica H.Harada」においては「H.Harada」,新組み合わせとして発表された「Lobaria meridionalis var. subplana (Asah.) Yoshim.」においては「Yoshim.」である.
痂状(かじょう)/crustose: 基物の表面にペンキを塗ったように広がって付着する形状の地衣体.葉状と違って,下皮層や偽根を生じることはない.「固着」と呼ばれることもあるが,機能を示す語であって,形状を示すものではないため,適切な表現ではない.
痂状地衣(かじょうちい)/crustose lichens: 地衣体が痂状の地衣類.また,その種類
果托(かたく)/thalloid exciple: レカノラ型裸子器の外側を包む,主に地衣体由来の組織で,共生藻が分布する.
果托縁部(かたくえんぶ)/thalloid margin: レカノラ型子器の縁部.果托で構成される.主に外部形態の記載で用いる
下皮層(かひそう)/lower cortex: 葉状地衣において,地衣体腹面を覆う皮層
顆粒状(かりゅうじょう)/granulose: 細かな粒状であること.粉芽においては粒子が大きいものを指し,細かな穀粉状farinoseとは区別される.
棹形(かんけい)/bacilliform: バクテリア枯草菌Bacillusのように,概ね円柱の形をしていること.粉子の形状に用いることがある.
岩上生(がんじょうせい)/epilithic: 地衣体が基物岩石表面上に生ずる状態
岩上生の(がんじょうせいの)/saxicolous: 岩石上に生えること.狭義の岩上生epilithicとは異なり,岩内生endolithicも含む.
完全世代(かんぜんせだい)/teleomorph: 子嚢胞子(あるいは担子胞子)により繁殖する生活環の世代.地衣類では,子嚢果,つまり子器がこれに相当する.地衣類の体には,子器(完全世代)を生じると同時に,粉子器(不完全世代と考えられる)を生じることもまれではなく,同一地衣体の一部は完全世代,一部は不完全世代からなる状態となる.
岩内生(がんないせい)/endolithic: 菌糸とフォトビオントが岩石内部に分布すること.石灰岩生の痂状地衣に多い.比較的柔らかな砂岩・泥岩などに生育する種もある.
偽根(ぎこん)/rhizine: 葉状地衣の地衣体腹面から生ずる,根のような突起.地衣体を基物に固着させる.
偽根がある(ぎこんがある)/rhizinate: 参照:偽根(rhizine)
偽根様体(ぎこんようたい)/rhizinomorph: イワタケ属の腹面にある,偽根のような突起.地衣体を基物に固着する機能は無い.
記載(きさい)/description: 種など分類群の特徴を記した文,文字列.新種など新しい分類群を発表する時の記載は,特に原記載(original description)という.
擬子柄(ぎしへい)/pseudopodetium: キゴケ属の樹状の地衣体.子器発生に伴って生ずるとみなされるハナゴケ属の子柄(podetium)に似るが,キゴケ属のものは地衣体由来であるため擬子柄とされる.
偽柔組織(ぎじゅうそしき)/pseudoparenchyma: 植物の柔組織(parenchyma)のように,概ね球形の細胞の集合からなる菌糸組織を意味する古い用語.異形菌糸組織(paraplectenchyma)のこと.
偽盃点(ぎはいてん)/pseudocyphella: 皮層を生じる葉状地衣などにおいて,地衣体表面にできる点状,線状などの構造.周りの皮層に比べ菌糸間の結合が緩く空間が多い.
基物(きぶつ)/substrata: →substratum(の複数形)
基物(きぶつ)/substratum: 生育基物.着生基物ともいうが,「着生」を狭義で使うと問題を生じるため,使わないのが無難.
基物内生(きぶつないせい)/endosubstratal: 地衣体が樹皮や岩石などの基物の内部に生じること.
基本葉体(きほんようたい)/primary thallus: ハナゴケ属において,個体発生の初期にできる鱗片状の地衣体.のちにこれから樹状の子柄が生じる.基本葉体が栄養体であるのに対し,子柄は子器発生の一部として生ずるため栄養体ではないとみなされる.
キャンピリディア(きゃんぴりでぃあ)/campylidia: 粉子器と相同的な器官とみられるが,粉子器は被子器と同様に概ね壺状で頂部が狭くなり孔口となるが,キャンピリディアでは上部は扁平となり嘴状になる.ワタヘリゴケ科(Pilocarpaceae)とマメゴケ属(Trypetheliopsis)で知られる.
キャンピリディア(きゃんぴりでぃあ)/campylidium: campylidiaの単数形
吸器(きゅうき)/haustoria: 「haustorium」の複数形
吸器(きゅうき)/haustorium: 寄生菌が他の生物に寄生するときなど,菌糸が細胞内部に貫入したように生じる細い構造.地衣類の種類によっては,菌糸がフォトビオントの細胞に接触するときに生じる.
球形(きゅうけい)/globose: 子嚢胞子で球形のことはまれだが,その他にフォトビオント細胞や菌糸細胞の形,子器の形などを示すことにも使われる.球形(globose)から,だんだん細長くなる順に,「subglobose」(亜球形),「ellipsoidal」(楕円体).
球形の(きゅうけいの)/spherical: ボールのように球体であること.
球根状の(きゅうこんじょうの)/bulbate: ウメノキゴケ科のフトネゴケ属とキフトネゴケ属において,シリアの基部が膨れた状態を指す.チョロギ細胞に対して「bulbate」の単語を使うが,地衣類以外では通用しないので注意が必要.
旧熱帯の(きゅうねったいの)/paleotropical: アジア~アフリカの熱帯地域に分布すること.その分布を旧熱帯分布という.
共生菌(きょうせいきん)/mycobiont: 地衣類の体を構成する菌類.
共生藻(きょうせいそう)/phycobiont: 古くは緑藻と藍藻(シアノバクテリア)を含め共生藻と言った.最近では,シアノバクテリアを除き,緑藻のみに用いることが多くなった.
棘枝(きょくし)/phyllocladium: キゴケ属Stereocaulonにおいて,共生藻(緑藻)が分布する,顆粒状・円筒状・鱗片状の突起.
鋸歯状(きょしじょう)/crenate: 植物学用語として,葉の縁の形状を示す語の一つ.
嫌う(きらう)/"-phobus: 「嫌う」という意味の接尾辞.例:「calciphobus」で嫌石灰性.
菌糸(きんし)/hypha: 地衣類を構成する菌類(共生菌)は子嚢菌類(あるいは担子菌類)であるが,その体を形作る基本的な植物のように単位は細胞ではなく,菌糸でできている.基本的な形状は円筒形で,外側は菌糸壁(細胞壁)だが,中央に細胞質が閉じ込められている.
菌糸組織(きんしそしき)/plectenchyma: 菌糸が互いに癒合してできた緻密な組織.
菌糸体(きんしたい)/mycelia: myceliumの複数形
菌糸体(きんしたい)/mycelium: 菌糸の集合体.
菌類(きんるい)/fungi: 複数形
菌類(きんるい)/fungus: 単数形
区画(くかく)/areole: 痂状地衣において,亀甲状となった区画
区画化する(くかくかする)/areolate: 痂状地衣において,地衣体全てが亀甲状に割れた状態.
クチクラ下生(くちくらかせい)/subcuticular: 生葉上地衣の中でも,葉のクチクラ層の下に地衣体が生ずるもの.アオバゴケなどマンジュウゴケ属Strigulaの生葉上種が該当する.
クチクラ上生(くちくらじょうせい)/epicuticular: 生葉上地衣で,地衣体が基物となる葉のクチクラ層の上側に生じること
窪む(くぼむ)/concave: 例えば子器盤のような円形の部分の,中央が窪んでいる状態.反対は「convex」(突出する).
くもの巣状(くものすじょう)/arachnoid: サルオガセ属やハリガネキノリ属などで見られるように,髄層の菌糸がややまばらな網状であること
クロロコッコイド(くろろこっこいど)/chlorococcoid: 緑藻のChlorococcusコロロコックス(クロロコッカス)に似ているという意味だが,共生藻としてはTrebouxiaに似ているものと考えてよい.比較的古い文献にはよくある表現で,現在では「trebouxioid」とすることが多い.→「Trebouxia」トレボウクシア,「trebouxioid」トレブクシオイド
クロロモルフ(くろろもるふ)/chloromorph: →「chloromorph」(緑藻形)
傾伏の(けいふくの)/decumbent: 基物表面を這うように伸び,先端が立ち上がる形状を指す.「prostrate」(匍匐性の)と区別されているかは,注意が必要.
KI(けーあい)/KI: ヨード反応の試験において,標品をK液で処理した後,I液を適用し判定する.
K液(けーえき)/K solution: 呈色反応に用いる試薬.水酸化カリウムの10%水溶液.切片等標品を軟化させるのにも用いる.
KC(けーしー)/KC test: 呈色反応において,K液を適用した直後にC液を適用し,判定する.
Kテスト(けーてすと)/K test: 呈色反応において,K液を用いたテスト.髄層と皮層に適用する.皮層K+黄色では,アトラノリンを含むことが多い.
K−(けーまいなす)/K−: K反応で,色の変化が無いこと.
結晶(けっしょう)/crystal: 地衣体や子器各部(果托や外殻など)にできる透明のガラス状の塊.通常はシュウ酸カルシウムからなる.また,顕微結晶法で観察できる地衣成分の結晶.
ケミカルストレイン(けみかるすとれいん)/chemical strain: →「chemical strain」(化学系統)
ケモシンドローム(けもしんどろーむ)/chemosyndrome: 同時に(同一個体などにおいて)生産される,生合成的に関連ある地衣成分のセット.
原基(げんき)/primordium: 地衣類においては,子器発生初期の構造を指す時に用いる.複数形は「primordia」.
原記載(げんきさい)/original description: 新種などの新しい学名を発表時における記載.かつてはラテン語で記載することが義務付けられていたが,現在ではその他の言語でも認められている.
懸垂性の(けんすいせいの)/pendulous: ナガサルオガセ(Usnea longissima)のように,地衣体が基部から垂れ下がっているような形状.参考:「upright」直立の
顕微結晶法(けんびけっしょうほう)/microcrystal test: 抽出した地衣成分を,スライドグラス上でGE,An,oT,KKなどの試薬を用い結晶化させ,顕微鏡で観察し同定する手法.参考:デジタルミュージアム「地衣成分」
綱(こう)/class: 分類階級の一つ.門(division)と目(order)の間の主要な階級.地衣類など菌類の場合には,「Lecanoromycetes」(チャシブゴケ菌綱)のように末尾に「-mycetes」がつく.
綱(接尾辞)(こう)/"-mycetes: 菌類の分類階級「綱」の分類群名の末尾に付けられる接尾辞.参考:綱(class)
光学切片(こうがくせっぺん)/optical section: 生物顕微鏡で大きな子嚢胞子を観察すると,実際に切片を作っているわけではないが,切断面を見たかのような像を観察することができる.その見ている面を指す時に用いる.
効果的な出版(こうかてきなしゅっぱん)/effective publication: 学名を効果的に出版するときの前提条件として,命名規約(ICN)に規定される発表媒体等の方法で発表されていること.→「valid」(有効な)
孔口(こうこう)/ostiole: 被子器の開口部.
膠質地衣(こうしつちい)/gelatinous lichen: 湿ったときに寒天状に膨れ柔らかくなる地衣類.シアノバクテリアをフォトビオントとする,同層地衣.イワノリ科(Collemataceae)など.
光沢がある(こうたくがある)/glossy: 外部形態において,表面に光沢があること.→光沢がない(dull)
光沢がある(こうたくがある)/shiny: →glossy
光沢がない(こうたくがない)/dull: 外部形態において,表面に光沢がないこと.→光沢がある(glossy)
光沢がない(こうたくがない)/matt: →dull
合着した(ごうちゃくした)/conglutinated: 菌糸壁同士がくっついて一体化すること.一体化した細胞壁が厚くなり,基質のように見えることも多い.
厚壁菌糸組織(こうへききんしそしき)/scleroplectenchyma: 菌糸壁が肥厚した菌糸組織.かつては「sclerenchyma」(厚壁組織)と呼ばれたが,菌糸組織であることから呼び変えられるようになった.
厚壁組織(こうへきそしき)/sclerenchyma: 細胞壁が肥厚した組織.→scleroplctenchyma
合法の(ごうほうの)/legitimate: 学名が,命名規約(ICN)に則って発表されていること.参考:「effective publication」(効果的な出版),「valid」(有効な)
小型地衣(こがたちい)/microlichen: 痂状地衣のこと.これに対し大型地衣は,樹状地衣と葉状地衣を指す.
国際植物命名規約(こくさいしょくぶつめいめいきやく)/International Code of Botanical Nomenclature: →ICBN(国際植物命名規約)
国際藻類・菌類・植物命名規約(こくさいそうるい・きんるい・しょくぶつめいめいきやく)/International Code of Nomenclature for Algae, Fungi, and Plants: →ICN(国際藻類・菌類・植物命名規約)
穀粉状の(こくふんじょうの)/farinose: 粉芽の中でも,粒子が細かいもの.
語源(ごげん)/etymology: 新種など新しい学名を発表するときに,新属であれば属名の,新種であればエピセットの語源を示すことが,命名規約(ICN)によって定められている.
小皺がある(こじわがある)/rugulose: 皺がごく細かい場合
固着(こちゃく)/crustose: →痂状(かじょう)
固着器官(こちゃくきかん)/anchoring organ: 地衣体を基物に固着させる器官.偽根,臍状体,リゾハイフェなど.
黒化した(こっかした)/melanized: 内部形態において菌糸組織が著しく黒くなること.「carbonized」(炭化した)と呼ばれることが多いが,炭化するわけではないので,この表現は正しくない.
ゴニオシスタンジア(ごにおしすたんじあ)/goniosystangium: ゴニオシストを生じる部位.→「goniocyst」(ゴニオシスト)
ゴニオシスト(ごにおしすと)/goniocyst: 粉芽と同じように,フォトビオントの細胞に菌糸が絡みついて(あるいは覆って)球形になったもので,栄養繁殖に関わる.ゴニオシストの出来立てでは,フォトビオントの1細胞と菌糸のみからなるとされ,複数のフォトビオント細胞と菌糸から始まる粉芽と区別される.
好む(このむ)/"-philous: 「好む」という意味の接尾辞.例:「calciphilous」で好石灰性.
コルメラ(こるめら)/columella: サネゴケ属Pyrenulaやカコウゴケ属Ocellulariaの一部の種で見られる,子器の中央底部から上部に向かって伸びる中軸のような果殻状の組織.これらの種では,子器の生長にともない,このような組織を生じることが特徴となっている.
棍棒状の(こんぼうじょうの)/clavate: 子嚢の形としてよくある形状で,根元は細く,先端に向かって太くなり,先端が丸い.