魚類の繁殖行動とその進化

モンガラカワハギ上科魚類の繁殖行動とその進化に関する研究

カワハギ

千葉県立中央博物館 分館海の博物館
主任上席研究員 川瀬 裕司

 

フグ目のグループ図硬骨魚類の中で、フグ目の魚類は最も特化したグループであると考えられています。フグ目は合計10科を含み(左図)、私の研究対象としているモンガラカワハギ上科というのは、モンガラカワハギ科とカワハギ科の2科より成ります。これら2科の系統類縁関係については、国立科学博物館の松浦啓一博士による形態学的な研究によって詳しく調べられています。
それによると、モンガラカワハギ科のほうが原始的なグループで、カワハギ科はモンガラカワハギ科またはそれにきわめて近いグループから派生したと考えられています。
さらに、モンガラカワハギ科魚類は形態的な類似性が極めて高いのに対して、カワハギ科魚類では腹鰭構造(腹部にある「トゲ」のことです)の退縮の度合いにより進化の程度が明瞭に現れることが明らかになりました。

それでは、モンガラカワハギ上科魚類の繁殖行動(いつ、どこで、どの雌雄が、どのようにして産卵するのか、どのような卵保護がおこなわれるのかなど)についてはどんなことがわかっているのでしょうか?これまでに繁殖行動が明らかにされているのは、モンガラカワハギ科では12属約40種中5属8種、カワハギ科では21属約100種中6属6種に過ぎませんが、これらの結果から繁殖行動の進化について大まかな傾向を伺うことができます。すなわち、モンガラカワハギ科魚類では繁殖行動の類似性が高いのに対して、カワハギ科ではとても多様であること、カワハギ科の原始的なグループの繁殖行動はモンガラカワハギ科のそれと類似している点が多いことなどです。

ここでは、私がこれまでに明らかにしてきたモンガラカワハギ科2属3種とカワハギ科4属4種の繁殖行動について、順次紹介していくことにします。

その1.アミメハギ Rudarius ercodes

(カワハギ科アミメハギ属)産卵後、雌は卵が孵化するまで世話をします。

雌が子育てするアミメハギ Rudarius ercodes

アミメハギの産卵の瞬間産卵後、卵の世話するアミメハギの雌

アミメハギはカワハギの仲間では小型種で、成魚でも全長70mm足らずにしか達しません。生息場所は日本の温帯域沿岸で、浅い岩礁や内湾のアマモ場などで普通に見られます。海に潜ったことのある人ならば、この愛らしい魚に幾度か出会っているのではないでしょうか?目をクリクリと動かし、一瞬にして体色を変え、ヘリコプターのように水中でホバリングすることの出来るアミメハギを見ていると、ほんと飽きないでよすね。この愛嬌たっぷりのアミメハギに魅せられて繁殖行動の観察を始めたのは1989年のことで、場所は福岡県津屋崎町の恋の浦の岩礁です。

アメメハギが産卵を行うのは日の出前後の朝早い時刻です。産卵を観察するのに眠い眼をこすりながら、まだ日の昇らない真っ暗な海へ何度も通いました。産卵の前になると、雄はおなかの大きな雌を盛んに追尾するようになります。追尾する雄は雌の後ろに一列に並び、時には長蛇の列を作って泳ぎます。雌は何カ所か行き来した後に産卵場所を決定し、海藻の上で雌雄がおなかを合わせてほんの2~3秒の内に放卵・放精が完了します(写真左)。

産卵が終わると、雌はその直後から卵保護を開始します。すなわち、鰭で水をおくったり口で水を吹きかけたりして、酸素をたっぷりと含んだ新鮮な水を卵に供給します(写真右)。また、卵に近づく魚を発見すると猛スピードで突進し、その侵入者を追い払います。時には自分の体の何倍もあるマダイやネズッポなどに果敢にアタックするのが見られ、そのけなげな姿には水の中でも思わず拍手をおくりたくなります。

このように雌に保護されてすくすくと育った卵が孵化するのは、産卵から1~3日後の日没後のことです。孵化間近になると、雌は卵の孵化を促すかのように普段よりいっそう強く卵に水を吹きかけます。
すると卵は一斉に孵化し、親元を離れて広い海の中へと旅だってゆきます。孵化したときのアミメハギの仔魚の全長はおよそ1。9mm、体は透明でまだ口は開いていません。これらの仔魚は浮遊生活をおくり、その間に徐々に変態しておよそ20~40日後に浅い岩礁やアマモ場に姿を現します。

詳しい内容は、
Kawase H. and A. Nakazono. 1995. Predominant maternal egg care and promiscuous mating system in the Japanese filefish, Rudarius ercodes (Monacanthidae). Env. Biol. Fish., 43: 241-254.

参考図書

魚の自然誌ー水中の進化学.松浦啓一・宮 正樹編著.北海道大学図書刊行会(1999)
第5章 多様性と統一性:フグ目魚類の系統関係 松浦啓一
第11章 モンガラカワハギ上科魚類の繁殖行動とその進化 川瀬裕司