旧埴生郡 成田市寺台の祇園

2. 日程と内容

 コロナで令和2年から神事以外の催しはすべて中止となり、令和5年は屋台の曳き廻しのみ再開されました。そのため、5年ぶりの神輿渡御となりました。

(1)日程

 かつては7月26・27日。現在は祭礼日前の金・土曜日に行っています。
 6月に祭礼委員会を立ち上げ、毎週末のように公民館や神社に集まって準備を進めます。

御仮屋立て(令和6年6月30日(日))

 御仮屋を「神輿小屋」とも呼びます。普段は部材を拝殿の下に保管しており、祭りの前に境内に建てます。以前はススキ(カヤ)で屋根を葺き、側面と背面にもススキを立てていましたが、現在は屋根によしずを張り、周囲は柱のみで何も覆いません。
 また神輿に担ぎ棒を入れ、藁縄で力綱をかけ、その上に晒を巻きます。荒神輿として担いでいた頃は、屋根の四隅と頭にワラをあんこに当ててクッションにしました。その上を幾重にも巻くために10反もの晒が必要でした。神輿を投げなくなってからは、藁縄の上に発砲ウレタンのチューブを掛け、その上を晒で巻くように簡略化していますが、それでも毎年8反の晒が用意されています。

千把ヶ池でのお浜下り神事
御仮屋の屋根はよしず
千把ヶ池でのお浜下り神事
神輿の飾り付け

前日準備(令和6年7月25日(木))

 役員は神社の清掃と幟立てを行います。また、夕方から「裁着(たっつけ配り)」といい、屋台巡行に参加する役員に運行表と裁着を配ります。コロナ前は毎年新しい帽子と草履を祇園祭の予算で購入し、クリーニングされた裁着とともに配っていました。
 若衆(成神会)は神輿を御仮屋に移し、根木名川遊歩道の黒川河岸跡にお浜下りの祭場を設営します。また屋台を屋台庫から公民館へ移動して、掃除や飾りつけなどを行います。

宵宮(令和6年7月26日(金))

  1. 神社の拝殿に幕を張り、御仮屋と鳥居に提灯を下げ、ススキ・萩を飾るなどの準備を行いながら、他町役員の参拝を迎える。
  2. 根木名川畔のお浜下り祭場に盛砂を作る。
  3. いったん解散し、夕方、役員は揃いの浴衣に黒の絽羽織、若衆は白丁姿で集合する。
  4. 宮司を迎え、16時から拝殿で神事を行う。
  5. 御仮屋の神輿にご神体を移し、胴に晒を巻く。
  6. 境内で出発式を行い、17時に宮出し。子ども神輿、太鼓、大人神輿の順に根木名川の祭場に向かう。4本の担ぎ棒にするほどの人数が集まらず、以前の2本棒に戻すことにしたものの、皆が前を向いて江戸神輿風に「ホイサ、ホイサ」の掛け声で進むと、長老たちから「寺台の神輿じゃねえな」との声が掛かる。かつての神輿は、道を塞ぐように横向きになり、背中合わせに押し合いながら、右に左に、行きつ戻りつユラユラ進んだという。区外からの応援も多く、寺台の伝統的な担ぎ方になるまで時間がかかった。
  7. お浜下り祭場の盛砂の上に神輿を据え、神事を行う。台風などで川底が傷んで危ないという判断から川の中には入らず、汲んだ水を神輿に掛けることでお浜下りとした。しかし川に全く入らないのも寂しいという話になり、若者頭と担ぎ手が川に入り、水をかけあう。その後、無病息災の赤飯が参加者に振舞われた。コロナ前は30キロの赤飯を用意し、集まった人たちに掌で受けてもらっていたが、昨年からパック詰とし、200パックが用意された。
  8. 町内渡御。祭礼役員は、道すがらご祝儀を受け取ると榊でお祓いし、お札を授与する。途中、何度か休憩をしながら町内を一周し、21時頃に還御となった。途中、住民から昔のような水掛けはなかったが、神社の鳥居をくぐる直前に、盛大な水かけが行われた。

千御仮屋
御仮屋
お浜下り祭場
お浜下り祭場
御霊入れ
御霊入れ
御霊を入れ胴を晒で巻く
御霊の入った神輿の胴を晒で巻く
出発式
出発式
出発を待つ子どもたち
出発を待つ子どもたち
お浜下り
お浜下り
水を掛け合う
水を掛け合う
神輿渡御
神輿渡御
背中合わせで横向きに進む
背中合わせで横向きに進む

祇園当日(令和6年7月27日(土))

  1. お赤飯を重箱に入れて朝参りをする風習が、以前ほどではないものの続いており、神社当番の役員が6時から待機して迎える。奉納されたお赤飯は、かつてはおにぎりにして屋台の休憩時に配ったが、今は暑いこともあって役員でいただいているとのこと。
  2. 屋台の運行は午後2時から。東町のあづま下座連が屋台に乗り、終始佐原囃子が演奏される。高張提灯、手古舞を先頭に、役員は裁着姿にパナマ帽で、行列の後先に付く。成神会は揃いの半纏、子どもたちはどんぶりと、年齢や役割によって装いが異なり、舵棒の上に若者頭が立って、終始進行をリードする。
  3. 神輿と屋台とに、それぞれご祝儀を用意している家も見受けられる。
  4. 町内を曳くと東町や田町へ回り、休憩所で接待を受けると、お礼に手踊りを披露する。そして寺台に戻ると、さらに町を一巡し、最後、納車の前の手踊りは最高の盛り上がりを見せる。

朝参り
朝参り
高張提灯が先頭
高張提灯が先頭
屋台曳き廻し
屋台曳き廻し
あづま下座連
あづま下座連

寺台の祇園 神輿巡行図
寺台の祇園 神輿巡行図

寺台の祇園 屋台巡行図
寺台の祇園 屋台巡行図

(2)組織

 寺台は昭和29年から保目区と三光区とに分かれて祇園祭の当番区を交互に務め、当番区の区長が祭礼委員長となっていましたが、令和6年から再度ひとつの区になりました。区長が祭礼委員長を務めます。そして区長の負担軽減のため4部会が作られ、そのひとつが祭礼部会であり、祭礼の運営と次世代の仕切り役の育成を目的としています。部会長が祭礼副委員長として、実際の仕切り役になります。

 6月に入ると祭礼委員会が立ち上がり、氏子総代、区や町内会の役員、成神会、子供会など50人くらいで話し合いながら準備を進めていきます。毎週末のように集まりがあります。
 氏子総代は3名です。ほか祭りを取り仕切る「役員」が地区に15人くらいおり、祭礼委員長、副委員長、会計2名のほかは「祭礼役員」となります。年配者たちをかつては「長老」といいましたが、今は「役員」と呼ぶようになっています。みな70代以上です。

 実行部隊は寺台青年団、通称若衆(ワカイシ)で、現在は任意団体「寺台成神会(せいじんかい)」として組織されています。メンバーは約20人ですが、入れ替わりがほとんどなく高齢化が進んでいます。20代がひとり、30代が約5名、あとは40代から60代までで、女性が少しずつ増えています。会長をトップに年間を通じた活動がありますが、祭りでは神輿と山車の運行に関わる事項が成神会の役割で、「若者頭」1名「副頭」3名「若者会計」1名などが、毎年選ばれています。

 青年団と役員の間に、かつては40~50代の「中若(ちゅうわか)」が、役員と若い衆のつなぎ役となっていましたが、本来「中若」であるべき人たちが、今も成神会現役として活動しています。それでも神輿の担ぎ手が賄えず、東町や郷部の若者連にも手伝いを依頼しています。
 子供会は5、6年生のお母さんたちが中心になっています。新興住宅地が開発され、子どもが増えていることは、明るい材料とのことです。

 祭礼委員会は、祭礼後に反省会を行うと解散し、毎年改めて新しく組織されています。

裁着姿にパナマ帽の役員
裁着姿にパナマ帽の役員
成神会のメンバー<
成神会のメンバー
どんぶり姿の子どもたち
どんぶり姿の子どもたち

(3)神輿と御神体・屋台

神輿と御神体

 倉庫に保管している神輿は明治12年に作られたとのことです。総ケヤキで非常に重く、屋根は板材ではなく、厚みのある用材から彫り出されています。昭和40年代までは近在でも一番の「暴れ神輿」「荒れ神輿」として知られ、渡御の途中で心棒の頭から地面に叩きつけたり、橋の上から川に投げ落としたりしたそうで、心柱の頭や野筋、台座などにかなり損傷が見受けられます。
 記録では昭和5年にも神輿を新調しているそうですが、その神輿は残っていません。そして現在の神輿は昭和33年に作られ、屋根を板材で軽く作り、毎年のように壊れて作り直しましたが、台や心棒は昔のままとのことです。

 なお保目神社には懸仏が1面伝来し、この懸仏を祇園祭礼の古い神輿に入れて担いでいたといわれます。断裂と下部の欠損は、神輿を投げたときに生じたと伝えられています。市の有形文化財に指定されており、市教委が作成した説明板には千手観音坐像とありますが、不明瞭ながら六臂が認められ、頭上の被り物も宝冠ではなさそうです。牛頭天王の可能性も否定できないのではないでしょうか。

 伝統的に2本の担ぎ棒で担ぐ神輿です。お浜下りを始めた平成5年頃から4本棒にし、担ぐ人数を増やしていましたが、令和6年は2本棒に戻して担ぎました。

天王様のご神体と伝わる懸け仏
天王様のご神体と伝わる懸け仏
成神会のメンバー<
明治12年に製作された神輿

屋台

 神輿を投げることが難しい時代となり、子どもたちも祭りに参加させて、皆で楽しめる祭りにしようと屋台を取り入れたのが昭和51年です。当初の2年間は東町から屋台を借りて曳きましたが、同53年に東町が新しく屋台を作った際に古い方を譲られ、これを20年くらい使った後、平成16年に現在の屋台を製作しました。旧屋台を模して総ケヤキで作られ、保目神社社殿の棟木を支える力士像と同様の彫刻を配しています。車輪は東町から譲られた先代のモノをそのまま使っています。前の車輪は方向転換しやすいように小さく、後ろは駆動力を出すために大きいのが成田の屋台の特徴で、前輪の車軸に方向を決める舵棒がつき、その元に若者頭が立ち、終始進行をリードします。
天王様のご神体と伝わる懸け仏
総ケヤキの屋台
成神会のメンバー<
棟木を支える力士像